黒服の人々 1/6

灰色の空から、水気をたっぷり含んだ

ぼた雪が落ちてくる。

 

その日、学校は休みだったが、

私は朝から制服に身を包み、

自転車に跨っていた。

 

自宅のある北地区から

街を南北に等分する川を越えて、

 

南側の山の中腹あたりに建つ

友人の家へと向かう。

 

私が中学一年生だった頃の話だ。

 

二月。

 

風は身を切るほど冷たく、

吐く息は白く凍る。

 

山に沿った斜面を上っていると、

見覚えのない車がいくつか路肩に

停められているのが目についた。

 

友人の家の前に着く。

 

家を囲む塀の周囲にも、

車が何台か停められていた。

 

門の前では、黒い服に身を包んだ

大人が数人立っていた。

 

そのうちの四十代くらいの女性が

私を見つけ、

 

一瞬怪訝な顔をしてから、

軽く頭を下げた。

 

自転車を停め、視線を送ってくる人たちに

お辞儀を返しながら、門をくぐる。

 

砂利の敷き詰められた広い庭と、

その向こうの異様に黒い日本家屋。

 

屋根には、溶け残った雪が

微かに積もっている。

 

庭にも数人、黒い服装をした人たちが

何事か話をしていた。

 

見たことのない人たちばかりで、

少しばかりの居心地の悪さを感じる。

 

ちょうどその時、

友人が玄関から出て来た。

 

私を見ると彼もまた、

少しだけ驚いたような顔をした。

 

制服ではなく、

黒い長袖のシャツを着ている。

 

彼は、くらげ。

 

小学校六年生からの付き合いである彼は、

『自称、見えるヒト』でもある。

 

自宅の風呂にプカプカ浮かぶ

くらげが見えるから、くらげ。

 

けれども、今日だけは

その呼び名は使えない。

 

「来てくれたんだ」

 

その口調も、表情も、

まるでいつもの彼と変わりはなく。

 

逆に、私の方が何と言ったら

いいのか分からず、

 

口を開くまでに、

随分時間がかかった。

 

「・・・あのさ、こういうのは慣れてなくて。

手ぶらで来たんだけど、・・・悪かったか」

 

「そんなことないよ。大丈夫」

 

玄関の脇には、小さな受付用の机と共に、

柄杓と水の入った桶が置いてあった。

 

彼に連れられ玄関を抜けようとした時、

私はふと思い出す。

 

この場合は確か、

家に入る前には手を洗わないと

いけないのではなかったか。

 

しかし横の彼は何も言わず、

私たちはそのまま家に上がった。

 

玄関から向かって左の大広間には、

数十人分の座布団が敷かれ、

すでに大勢の人たちが座っていた。

 

部屋の奥には両脇に榊を置く

祭壇と木の棺、

 

棺の前には一枚の写真が

飾られていた。

 

モノクロの写真の中に写っているのは、

くらげの祖母だ。

 

去年の秋頃から体調を崩しており、

冬の間はほとんど起き上がれないほどに

なっていたそうだ。

 

家族は入院するよう促していたようだが、

彼女は家に留まることを望み、

 

そうして数日前、

春の訪れを待たずして亡くなった。

 

享年八十一歳、死因は老衰。

 

遺影の中の彼女は、着物を着ていて、

目を細めて笑っている。

 

それは見覚えのある笑顔だった。

 

笑うと、目が顔中のしわと

同化してしまうのだ。

 

加えて、「うふ、うふ」という

その独特な笑い声も、

 

最初の頃こそ苦手だったが、

度々会ううちに慣れてしまい、

 

彼女とは何度か世間話で

笑い合ったこともある。

 

彼女はくらげと同様『見えるヒト』でもあり、

その力はくらげ以上だという話だった。

 

この家で、二人の他に『見える』者はいない。

 

「もう少しで始まると思うから、

ちょっとここで待ってて」

 

そう言って、くらげは私を残し

部屋を出て行った。

 

私は目立たないよう、

部屋の後方一番隅の座布団に座り、

じっと葬儀が始まるのを待っていた。

 

周囲からの視線は、

家の門をくぐった当初から

ずっと感じていた。

 

数人からは、直接どこの子かとも聞かれたが、

正直に孫の友人だと答えると、

 

彼らは表面上は「えらいね」などと

言いながらも、

 

その視線にはどこか、

私の言葉の真偽を探るような

訝しげなものが混じっていた。

 

そんな折。

 

一人、茶色に薄く髪を染めた、

背の高い青年が部屋に入って来た。

 

十代後半だろうか。

 

くらげと同じような黒っぽい

シャツを着ているが、

 

どこかだらしない印象を受ける。

 

周りの者におざなりな挨拶をした後、

彼の視線がこちらに向いた。

 

一瞬立ち止まってから、

その目に浮かんだのは好奇だった。

 

こちらに近づいて来る。

 

(続く)黒服の人々 2/6へ

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