黒服の人々 5/6

外は相変わらず水をたっぷり吸った

重たい雪が降っていた。

 

空は灰色。

 

遠くの山を白く霞み、その中を

黒い服に身を包んだ人々が動いている。

 

まるで、出来の悪いモノクロ映画の

ような光景だ。

 

火葬は近しい親族だけで行うらしく、

私のような一般客やその他の人は、

彼らが戻るまで家で待つことになった。

 

大広間に、茶や菓子が用意されている

とのことだったが、

 

私は家には入らず、彼らの帰りを

外で待つことにした。

 

理由は特にない。

 

強いて言うなら、出所の分からない

意地だった。

 

外は寒い。

 

何度か中に入るようにと言われたが、

首を横に振り続けていると、

彼らも何も言わなくなった。

 

家に入り、事情を知ってそうな人から、

くらげの母の話を聞く。

 

そういう考えも無くはなかった。

 

けれども何故か私には、

もしも誰かに訊くとすれば、

 

この話はくらげ自身の口から聞くべきだ、

という想いがあった。

 

雪がひどくなって、私は屋根のある

門の下へと避難した。

 

上着も持って来ていなかったため、

手も足も酷くかじかんだ。

 

自分でも何をやっているのだろうと思ったが、

それでも家に入る気は起きなかった。

 

火葬場で焼かれている

祖母の遺体のことを思う。

 

雪風に打たれている私とは

真逆の状況だ。

 

といっても、敢えて変わってほしいとも

思わなかったが。

 

ひとしきり馬鹿なことを考えていると、

年配の女性が家の中から

お菓子と防寒具を持って来てくれた。

 

紋所の付いた、赤いちゃんちゃんこ。

亡くなった祖母のものだという。

 

袖はなかったが、それはとても暖かかった。

 

火葬場から彼らが戻って来たのは、

二時間も経った後だった。

 

祖母のちゃんちゃんこを着て

門で待っていた私を、

 

親族たちのほとんどは、

奇怪な目で見た。

 

次男は可笑しそうに笑い、

長男と父親は何も言わず、

 

くらげは真顔で、

「本当に、おばあちゃんかと思った」

と言った。

 

その後は大広間での食事会だったが、

 

大人たちのつまらない昔話に

耳を傾けるつもりはなく。

 

私はくらげを誘って抜け出し、

二階の彼の部屋へと上がった。

 

適当なところに座布団を敷いて座る。

二人ともしばらくの間、口を開かずにいた。

 

色々な考えや出来事が、

私の中のあちこちで渦を巻いていて、

それらは容易に言葉にならなかった。

 

「・・・今日は、ごめんね」

 

先にそう言ったのは、くらげだった。

 

彼は私に向かって『ごめん』と言った。

しかし、こちらには謝られるような覚えはない。

 

怪訝そうに彼を見ると、

彼は私とは目を合わさず、

 

「何だか、気分を悪くさせた

みたいだから・・・」

 

と言った。

 

なるほど。

 

くらげは彼の兄である、

あの男のことを言っているのだ。

 

確かに嫌な気分にはなった。

 

けれども、それは決して

彼が謝るべきことではない。

 

話題を変えようと、私は無理やり口を開く。

 

「そう言えばさ・・・、棺の上に、

小さいくらげが浮いてたよな」

 

すると、彼が不思議そうに私を見た。

 

「・・・くらげ?」

 

彼には見えていなかったらしい。

 

私は驚く。

 

私に見えたのだから、当然、

それは彼にも見えたのだと思っていた。

 

私は元々霊感など持っていない人間だ。

 

それが、くらげと一緒に居る時だけ、

僅かだが彼と同じものが見えるようになる。

 

今まではずっとそうだった。

 

「え、じゃあ、あの手も?」

 

くらげは首を横に振った。

 

私は彼に、玉串奉奠の際に体験したことを

一通り話した。

 

「そう・・・、おばあちゃんらしいね・・・」

 

そう小さく呟いた彼の口元は、

かすかに微笑んでいた。

 

窓の外に目を移すと、

ぼた雪はいつの間にか

雨に変わっていた。

 

こんな雨の日、くらげの祖母には、

空に向かって登る無数の光るくらげたちが

見えたそうだ。

 

「なあ、くらげさ」

 

くらげの方に顔を向けると、

彼は小さく頷き「うん」と言った。

 

「ただの想像だけどさ。

もしかして・・・、あのくらげって、

生き物の死体から湧くんじゃないか」

 

棺の上を漂い、青白く光るくらげたち。

 

あの時、私は一瞬だけだが、

魂という言葉を連想した。

 

死体から湧き出る、くらげ。

 

もし、魂というものが存在するのなら、

あの光るくらげは、

それに近いものなのではないか。

 

(続く)黒服の人々 6/6へ

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