首あり地蔵 1/2

「なあ、お前ら『首あり地蔵』って

知ってるか?」

 

数年前の話になる。

 

僕らは当時大学三年生だった。

季節は夏。

 

大学の食堂で三人、

昼飯を食べていた時だ。

 

怪談好きなKが、

雑談のふとした合間に話しだしたのが、

そもそもの始まりだった。

 

「首あり地蔵ってお前、

そりゃ普通のお地蔵様だろ」

 

僕の隣に座って味噌汁を飲んでいたSが、

馬鹿にしたように言う。

 

KとSと僕。

 

Kはカレーの大盛りで、

Sはシャケ定食で、

僕は醤油ラーメン。

 

いつものメニュー、

いつものメンバーだった。

 

でも確かに『首なし地蔵』だったならば、

はっきりとは思い出せないが、

何かの怪談話で聞いたことがあるかもしれない。

 

話のネタにもなるだろう。しかし、

Kは『首あり地蔵』と言ったのだ。

 

Sの言う通り、それは首のある

普通のお地蔵様だ。

 

「ちげぇんだよ。あのな、

その地蔵の周りには、

もう五体地蔵があってな。

『首あり地蔵』の一体以外は、

全部頭がねえんだってよ」

 

なるほど。

だから『首あり地蔵』か。

 

僕はその様子を想像してみた。

 

六体の地蔵の内、

一体だけにしか首が無い。

 

「ねえ、何でそうなってんの?」

 

「それがな、その一体だけ首のある

地蔵が、他の地蔵の首をチョンパした

っつう話なんだよ。これが」

 

そう言ってKは舌を出し、

スプーンで自分の首を掻っ切る仕草をした。

 

「でも、そんなことして、

地蔵に何の得があるんだよ」

 

「さあ?知らねえよ。お供えもん、

独り占めしたかったとかじゃね?」

 

Kがそう答えると、Sが、

ごほっごほっ、と咳をした。

 

それからポケットティッシュを取り出し

口元を拭うと、

 

「・・・馬鹿野郎。

喉につかえたじゃねーか」

 

「何だよ、俺のせいかよ」

 

不満げなKに「お前のせいだよ」

と、Sが言う。

 

僕はというと、その地蔵に

少し興味を抱き始めていた。

 

「で、Kさあ。その首あり地蔵については、

他になんかないの?」

 

「ああ、あるぞ。なんてったって、

『首あり地蔵』は人を襲う」

 

その瞬間、再びSが咳き込んだ。

 

「夜な夜な動き出してさ、

人の首を刈り取って来るらしいぜ?

『要らん首無いか・・・要らん首無いか』

って、ぶつぶつ言いながら、

寺の回りを徘徊してんだとよ」

 

「・・・もうやめてくれ、

今の俺は呼吸困難だ」

 

Sは咳き込んだせいか、

涙目になっていた。

 

「何だよS。ロマンがねーな。

俺の話が信じられねーのかよ」

 

「何がロマンだボケ。

K、お前すぐにでも、

その地蔵に謝ってこい」

 

「それだって!」と、

Kが大声を出したので、

僕は驚いた拍子にむせたら、

ラーメンの切れ端が鼻から出てきた。

 

久しぶりだ、こんなこと。

 

「今日の夜、行こうぜ?

確かめるんだよ、俺たちで。

噂が嘘なら、

何ぼでも謝ってやるからよ」

 

と、Kが言う。

 

Sは呆れたように天井を見上げた。

また始まった、と思ってるんだろう。

 

Kはそういうスポットに行くことを好む、

所謂、肝試し好きなのだ。

 

今までだって、

Kが発案し、僕が賛成し、

Sが引っ張られる形で、

そういういわくつきの場所に、

足を運んだことが何度もある。

 

「んじゃあ、今日の夜は、

首あり地蔵で肝試しってことで、

決まりな!」

 

Kが強引に話を進める。

Sが救いを求めるように僕の方を見た。

 

僕はラーメンをすすりながら、

Sに向けてニンマリ笑って見せる。

 

Sは半笑いのまま力なくうなだれ、

黙って首を横に振った。

 

「・・・というか、

その地蔵近くにあるのかよ」

 

「おう。○○寺ってとこ」

 

その名前を聞いた時、

うなだれていたSの首が少し上がり、

眉毛がピクリと動いた。

 

そうしてから、隣に居た僕くらいにしか

聞こえない程の声で、

「そうか。○○寺か・・・」と、呟いた。

 

僕は一体何だろうと思ったのだが、

あいにくその時は口の中一杯に

ラーメンが詰まっていたので、

それを聞くことは出来なかった。

 

その後は聞くタイミングを掴めぬまま、

あれよあれよと言う間に、

具体的な集合場所と時間が決定した。

 

こういうときのKの手際の良さは、

すさまじいものがある。

 

但し、普段はまるで発揮されないのが

痛いところだ。

 

こうして僕らはその日、

○○寺の首あり地蔵の元へと

足を運ぶことになったのだ。

 

夜中、僕らはそれぞれ個別に、

○○寺がある山のふもとで

集合ということになっていた。

 

○○寺は、僕ら住む街を一望できる、

小高い山のてっぺんに、

展望台と隣接する形で建っている。

 

寺までは数百段の石段が続いており、

僕は知らなかったのだが、

目的の地蔵はその道中にあるそうだ。

 

集合時間は十一時。

時間を守って来たのは僕だけだった。

 

十五分待って、

バイトで遅れたと言うKと、

寝坊したと言うSが、

ほぼ同時にやって来た。

 

熱帯夜だという蒸し暑い夏の夜、

僕ら三人は懐中電灯を片手に

汗だくになりながら、

地蔵があるという場所に向かった。

 

特に僕は、

日ごろの運動不足がたたってか、

前を行く二人を追いかける形で、

ひーこらひーこら言いながら

石段を上っていた。

 

山の中腹を少し過ぎた頃だっただろうか、

「おーい、早く来いよ。あったぞー」

というKの声が、だいぶ上から響いてきた。

 

僕が二人に追いつくと、

そこは石段の脇が休憩のための

ちょっとした広場になっており、

地蔵はその広場の端に六体、

横一列に並んでいた。

 

僕は乱れた息を整えてから、

地蔵をライトで照らす。

 

確かに、僕の腰より

ちょっと背の低い地蔵たちは、

右から二番目の一体を除いて、

残りは全部首が無い。

 

「これで、一つはっきりしたな。

少なくとも、この地蔵は

夜な夜な徘徊はしていない」

 

SがKに向けて、

からかい半分の口調で言う。

 

「ごめーんちゃい!」

 

「くたばれ」

 

漫才コンビは今日も冴えている。

 

「っていうか何だ何だー。つまんねーな。

夜は地蔵さん、鎌でも持ってんのかと思って

期待してたのによー」

 

そりゃどこの死神だ、

と思わず僕も突っ込みそうになった。

 

「でもよ、ホントに他の地蔵は

首がねーんだな」

 

「何、K。お前ここ来たこと無かったの?」

 

今日の話しぶりからして、

僕はKがここに何度も来たことが

あるものだと思っていた。

 

「いんや。噂で聞いてただけ、

面白そーだからさ。

見に来てーなーとは思ってたけどよ。

ちょっと拍子抜けだなー」

 

「・・・この地蔵はな、正式には

『撫で地蔵』っつうんだよ」

 

ふと、Sが呟くように言った。

 

「なんだよ。お前この地蔵に詳しいの?」

 

「ん、ちょっとな。見ろ、この地蔵。

頭テカってるだろ」

 

Sが懐中電灯の光で地蔵の頭を照らす。

 

そう言われれば、

この地蔵の古ぼけた身体に対して、

頭だけは比較的小奇麗だった。

 

「触ってみりゃ、もっと良くわかるんだけどな。

元々願掛けしながら撫でると、

その願いが叶うって言われの地蔵だから、

撫でられすぎてそうなったんだ」

 

そうなのかと思った僕は、

そっと首あり地蔵のつるつる頭を

撫でてみた。

 

何だかボーリングの玉を撫でている感じだ。

撫で心地は中々いい。

 

「今でも、知ってる人は知ってるんだけどな。

昔はもっと有名だったらしいな。

○○寺の撫で地蔵って言えばな。

けど、そのせいなんだよ」

 

Kも僕も、Sの話を黙って聞いていた。

 

何だか昔話を語る様な話しぶりは、

普段のSとは少しだけ、

違っている様な気がしたのだ。

 

(続く)首あり地蔵 2/2へ

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