うじの話 2/5

「俺さ・・・これ、これって。

 

元カノの呪いじゃないかって

思ってるんだけど」

 

再び女性陣から悲鳴が上がる。

 

その後で、

何人かがシンクや風呂とか、

 

先輩が『出る』って言った

水回りの確認をしていたが、

 

生憎というか、

その日は何も居なかった。

 

それから一週間ほど経った

後のことだ。

 

先輩の元カノが

死体で見つかったと聞いた。

 

自殺をしていたのだと。

 

俺がそれを知ったのは

人伝いだったが、

 

地方のニュースで取り上げられるくらいに、

大した事件だったそうだ。

 

発見のきっかけは、

 

アパートの部屋の周りに

異常発生した蠅だった。

 

郵便受けの蓋と挟まったチラシ

との隙間から、

 

異常な数の蠅が

出入りしているのを、

 

訪ねて来た新聞の勧誘員が

見つけたんだそうだ。

 

アパートの管理人が

ドアを開けた時は、

 

約数十キロもの肉が腐った果ての

猛烈な匂いと、

 

黒い竜巻かと見紛う程の

蠅の大群が、

 

同時に中から飛び出してきたらしい。

 

そして遺体は風呂場で発見された。

 

部屋の中からは遺書が見つかった。

大学ノートに彼女の文字で。

 

そこには、『人生に悲観して』

という内容だけ書かれていた。

 

先輩も警察に呼ばれたそうだが、あまり

込み入ったことは聞かれなかったそうだ。

 

警察も最初から自殺として

扱っていたんだろう。

 

発見された時、彼女は

死後三週間ほど経っていた。

 

それはつまり、俺たちが先輩の家で

飲み会をしていた時には、

 

彼女はまだ誰にも見つからず、

長風呂を楽しんでいたということだ。

 

しかし、夏の間に死んだ人間が

三週間も放置されたのだから、

 

その様子はすさまじかったと言う。

 

風呂桶の中で自ら首を掻っ切った

まではよかったが、

 

場所がアパートの角部屋で、運悪く

隣近所に誰も入居者が居なかった。

 

そのために匂いに気付く者がおらず

発見が遅れ、

 

ただの死体から腐乱死体へと

昇格をする羽目になった。

 

何処からか入り込んだ蠅が

死体に卵を生み、

 

孵化して蛆が湧く。

 

蛆は蠅となり、

その蠅がまた死体に卵を産む。

 

蛆が湧く。

 

この連鎖は、放っておかれた

死体が朽ちるまで続く。

 

彼女は服を着たままで、

 

発見当時、風呂桶には

水は溜まっていなかった。

 

水というのは、死後人間から染み出す

大量の腐乱液も含めてだ。

 

それが無かった。

 

つまり、風呂の栓が

開いていたということだ。

 

下水道へと通じるその穴にはきっと、

水分と肉とが混ざった腐乱液と一緒に、

 

彼女の身体から湧き出た蛆が

流れ込んだに違いない。

 

下水道というものがどこまで

繋がってるのかは知らないが、

 

『先輩の家に出たと言う蛆は、彼女の

身体をもって生まれた奴らではないか?』

 

『先輩は元カノに死後もストーカーされた』

 

その後しばらくの間、

バイト内ではそんな噂話が絶えなかった。

 

<Sから聞いた話は以上>

 

「駄目だ・・・、

グロいのは、駄目だ」

 

ここはSの家。

 

Sの話を聞くうちに、

 

僕は段々とグロッキー状態に

なっていた。

 

隣町で自殺した大学生が

すごい状態で見つかったというニュースは、

 

僕にも聞き覚えがあった。

 

けれども、と僕は思う。

 

確かにちゃんと『怖い話』ではあったが、

やっぱりグロいのは駄目だ。

 

虫も駄目だ。

 

いや、虫はいいが、

ぞわぞわと湧き出て来るのは駄目だ。

 

「グロいのは駄目だ・・・」

 

Sは繰り返す僕の主張を無視して、

代わりにあくびを一つしていた。

 

S「・・・お前が話しろっつったんだろうが」

 

「怖い話とグロい話は違うと思う。

 

この世の中には、

 

ちゃんとスプラッターとホラーって

二つのジャンルがあってだね」

 

S「それって、同じもんじゃなかったか?」

 

「違う違う。ホラーっていうのは、

もっとこう、スマートに・・・」

 

言いかけたが、

僕は口をつぐんだ。

 

これを話していると

夜を越えて朝になってしまう。

 

「しかしまあ・・・、下水を越えて

やって来る大量の蛆虫かあ・・・、

 

なんか夢に出そう」

 

僕は素直な感想を

言っただけのつもりだった。

 

けれどSはそんな僕を見やり、

馬鹿にしたように「くっく」と笑った。

 

「・・・なんよ?」

 

S「いや。やっぱり怖いなと思ってさ」

 

「だから、何が?」

 

S「そうやって、

人の話を簡単に信じるだろ。

 

それが、怖い」

 

僕は首を傾げる。

Sは何を言いたいのか。

 

人の話を信じることが怖いこと。

それは、つまりだ。

 

考えた末、思考が一つの可能性に

行き当たった。

 

「え・・・、作り話なん?」

 

しかしSは、「それは違う」

と首を振った。

 

S「事実だよ。

 

さっきの話は、

俺が実際に体験したことで。

 

そこに偽りはない」

 

「んじゃあ、」

 

S「お前は一つ、勘違いをしてる」

 

僕の言葉を遮り、

Sはそう言った。

 

(続く)うじの話 3/5へ

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