ノック 10/10
S「さて、もう良いだろ。おい、
外した戸を元に戻すから手伝え」
二人で二枚戸を元に戻す。
外すことが出来たんだから、
戻すのも簡単だろう
と思っていたのだけれど、
それは間違いで、
思ったよりも時間がかかってしまった。
ようやく戸が元に戻った時には、
もう時刻は午後五時半を過ぎていた。
カラスの鳴き声と共に、
辺りが段々と暗くなり始めている。
Sが家に向かって一礼した。
僕も倣う。
そうして、僕らは未だ一組の親子が住む
古民家を後にした。
S「帰りに、ちょっとネカフェに寄ってくぞ」
車に戻りながらSが言った。
僕「Sさ・・・大丈夫なん?
眠いんじゃない?」
S「大丈夫だ。
さっきのを思い出しさえすれば、
眠気は飛ぶからな」
そういうSの表情からは、
冗談かそうでないかの
判別がつかない。
ふと、そう言えば
Kの電話を切ってから、
携帯の電源をOFFにしていたことを
思い出す。
電源を入れると、
着信履歴にKの名前が
ズラリと残っていた。
電話するのも面倒くさいので、
メールを一通入れておく。
——————————————-
約四時間か五時間後にそっち行くよ。
尚疲れたので、帰るまで
電話もメールも受け付けません。
——————————————-
そして再び電源を切った。
車に戻る頃には、
陽は西の山に全部沈んでいた。
夕焼けの残りが、オレンジ色の光を
僅かに空に留めていた。
僕「それで、ネカフェに行って何すんの」
帰りの車の中、
僕はSに尋ねる。
S「別に・・・大したことじゃない。
ただ掲示板上に写真を織り交ぜて、
体験談風のウソ話を投稿するだけだ。
もちろん、過去に起こった
誘拐事件の概要、
不法侵入の場面や、
死体を発見した場面は真実を添えてな。
後は勝手に親切な有志達が、
警察に通報してくれる」
僕「・・・写メ撮ったの?」
S「肝心なとこは撮ってねえよ。
そんな気も起こらなかったしな」
僕「・・・大丈夫かね。
その文章と写真、直接メールで
警察に送った方が早いんじゃない?
何か余計な話題にもなりそうだし」
S「別に評判を貶めようって
わけじゃないんだ。
それに、メールで通報ってのは、
ネット上の犯罪行為に限られてくるからな。
心配しなくても、ちゃんと警察まで届くよう、
別の手も打っとくさ」
僕「何なん、別の手って」
S「そのうち分かる」
そのまま僕とSは帰り道の途中にあった
ネットカフェに立ち寄り、
そこで軽い食事もとって、
また自分たちの街へと車を走らせた。
その際にSは何度かKと
メールのやり取りをしていて、
帰りに彼の家に寄っていく
ことになった。
やっぱりと言うか、
Sも相当疲れているらしく、
運転中、何度も眠たそうに
目をしぱしぱさせていた。
Kが住む大学付近の学生寮に着いたのは、
午後十一時頃だった。
Kはどうやら僕らが来るのを
待ちかねていた様で、
僕らが部屋の扉の前まで来ると、
ノックをする暇もなく戸が開いて
中に引き込まれた。
K「うおおっ、お前ら見ろお前ら!
昨日行った児童誘拐事件の現場が
すごいことになってんぞっ!」
Kのテンションが
すごいことになっている。
そうしてKは、
開いたノートパソコンの画面を
僕らに押し付けてきた。
そこには、
数時間前にSがネカフェで作成した
ウソ半分本当半分の体験談が、
もちろん僕とSの名前は伏せて
載っていた。
K「いや、俺もSに言われて初めて
このスレッド知ったんだけどよ。
いやあ、やべえなあこいつら。
何かさ、扉壊してまで入ってさ。
中で地下の隠し通路見つけてさ、
さらに死体発見してやんの。
しかもそのまま逃げ帰ってるしよ。
あんまりなもんでさ、
俺警察に通報しちゃったよ!
マジで」
ああ、なるほどな、と思う。
別の手とはコレのことだったのか。
興奮冷めやらぬKとは間逆に、
Sは心底眠たげな目を、
ぐい、と擦ると、
S「・・・おい、K、悪い、布団借りるわ。
数時間寝る」
と言って、部屋の隅にあった
折りたたみベッドを広げると、
ばたん、と倒れるように
眠ってしまった。
K「何だよあいつ。
ことの重大さが分かってねえぞ。
・・・いや、ってか俺さ、
明日暇だからよ。
も一度あそこに行ってみようかと
思うんだが。
なあなあ一緒に行こうぜー!」
正直僕も眠たいのだけれど、
がくがく肩を揺さぶられては仕方が無い。
僕「・・・すくなくとも、
Sは行かないと思うよ」
K「何でよ?
いやまあいいや。
そんなこともあろうかと、
ちゃんと電車代とバス代
いくらかかるか調べてあるから。
片道四時間二十分。
往復で五千円もかからないとよ、
・・・ああ、アレだ、そう、
片道2240円だとよ。
往復で4480円」
ん、何か聞き覚えのある数字だな、
と思うけども、
疲れて頭が上手く働かないので
思い出すことが出来ない。
K「あれ・・・、そういや、お前ら、
今日どこに行ってたんだよ?」
その言葉に僕は思わず
笑ってしまった。
そうだった。
そもそも土産話をしに
ここへ来たのだった。
疲労でぼんやりとした頭を二度、
コンコンとノックして、
僕はこの元気な友人に
一から語ってあげることにした。
僕「いやぁ、今日の昼頃なんだけど、
ノックの音がね・・・」
(終)