うじの話 4/5

S「とにかく確かなことは、

 

飲み会があった日の前に、

先輩は彼女の家に行ったんだ」

 

Sは続ける。

 

S「そこで、先輩は彼女の遺体と、

この遺書を見つける。

 

先輩は遺書のうち、

 

自分の名前があるページを

破り取って逃げた。

 

幸いにも、ルーズリーフだったから

痕跡も残らないし。

 

それに、残りの遺書は本物で、

かつ、それだけで辻褄が合った」

 

先輩は通報しなかった。

 

先輩が逃げた理由は、

何となくだが想像が出来た。

 

遺書の内容が事実なら、

 

彼女は先輩の心移りのせいで、

自殺にまで追い込まれたことになる。

 

そこでもしも、

 

先輩が遺体を見つけたその場で

通報してしまって事件が発覚すると、

 

『移り気によって彼女を自殺させた』

 

と彼の評判は地に落ちてしまう。

 

それを恐れたのだ。

 

しかし自ら、『随分別れた元カノに

付きまとわれている』 と吹聴し、

 

彼女が十分にストーカーへと

変貌した後で、

 

死体が発見された場合は

そうはならない。

 

実際、先輩に下った評価は

 

『死んだはずの元カノに

ストーカーされる哀れな男』

 

だったのだから。

 

死人に口なし。

そんな言葉が思い浮かんだ。

 

S「・・・周りのバイト仲間に

訊いてもそうだった。

 

あの飲み会があった日から、

一週間程前からだ。

 

先輩が色々な人に、ストーカー相談を

持ちかける様になったのは。

 

それに当然だが、

 

先輩は死んだ彼女の

彼氏だったんだからな。

 

発見が遅れるのも

計算済みだったんだろう」

 

僕は大きな大きな溜息を吐いた。

 

これで、隠れていた話の

大部分が見えてきた。

 

ただ、一番大きな疑問が

まだ残っている。

 

僕はそれを訊かねば

ならないのだろう。

 

「でさ・・・。Sはさ。

何で今、これを持ってるの?」

 

そう言って、

僕は目の前の二枚の遺書を指す。

 

S「ん?だから言ったろ。

 

先輩の家にお邪魔した時に、

失敬したって」

 

「そうじゃなくて!

 

・・・僕が訊きたいのは、

Sがこれを盗んでどうしようとしたのか、

 

ってこと。

 

何で、警察の元に、

これがいっていないのかってこと」

 

すると、Sは肩をすくめて

少しだけ笑った。

 

まさか、と僕は思う。

 

Sは先輩のことを見逃したのだろうか。

 

先輩だと言った。

世話になった人だと言った。

 

だから見て見ぬふりをしたのか。

 

S「・・・お前、普通に考えて、

 

この事件における先輩の、

刑事上の責任がどうなるか分かるか?」

 

「え?」

 

唐突な質問に僕は口ごもる。

 

S「死体遺棄にはあたるだろうが。

 

しかし、直接の死に関わった

積極的な死体遺棄じゃない。

 

更生を誓いさえすれば、

ほぼ確実に執行猶予がつくだろうな。

 

ストーカーのでっち上げ

なんてのはもっと酷い。

 

しらばっくれられたらそこで終い。

 

それに、そもそも

被害者が居ないんだからな」

 

僕には法律の知識など無いから、

ここで何か言えるわけが無かった。

 

S「それは、彼の犯した罪からしてみれば、

自殺まで追い込まれ、

 

さらに死んだ後にストーカーにされた

彼女から見れば、

 

あまりに軽い。

 

と、『個人的に』俺は思ったわけだ。

 

・・・が、俺は同時に、『個人的に』

先輩に対して恩も感じていた」

 

だから、とSは言った。

 

S「だから、俺はまず、

先輩に訊いてみた。

 

ルーズリーフ見せてな。

 

これからどうするつもりですか、

ってな。

 

自首するならそれでいいと思ってたし。

ゴネるなら考えがあった」

 

そうしてSは、先輩に

自分が真相を知ったことを告げた。

 

S「意外と簡単に白状したよ。

全部。

 

・・・遺書を見つけて、

怖くなってやっちまったんだと。

 

でも、自主はしたくないと言った。

 

あの人の八方美人は、

生きている人間限定だったらしい。

 

その後、

彼女の悪口を散々聞かされたよ。

 

友達の少ない子で、

 

同情心から構ってやってたら

離れなくなって、

 

仕方なく付き合ってた、

だとかな」

 

Sが鼻で笑う。

 

けれども、先輩としてはそうなんだろう。

 

自首する気があるなら、

最初から遺書を破って逃げたりしない。

 

S「この事件がもし、彼女の自殺と

先輩の遺体遺棄だけで済んでいたら、

 

俺は見逃してたと思う。

 

でも先輩はその後、

死人に罪を着せて保身を図った。

 

これは明らかにアンフェアだ。

 

公にしたくないと言う、

先輩の言い分も分かる。

 

ただし、罰は受けなければならない。

だから、俺は一つ提案をした」

 

提案。

 

どうやらSは、先輩をタダで

見逃したわけではないようだった。

 

そのことに少しだけホッとする。

 

しかし、続くSの言葉は、

 

そんな僕の安堵を

軽く吹き飛ばすものだった。

 

S「・・・先輩の家には今でも、

 

定期的に元カノからの手紙が

届くそうだぜ?」

 

「は?」

 

僕はつい、

間抜けな返答をしてしまう。

 

彼女は死んでいるはずだ。

 

本当に届いたとすればそれは、

それこそ現実を離れたホラーになってしまう。

 

「あ!」

 

思わず声に出していた。

当たり前のことだ。

 

死者は手紙を送れない。

手紙を送るのは生きた人間だ。

 

Sが言う罰とは

そういうことだったのだ。

 

(続く)うじの話 5/5へ

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