呪う女 10/18
誰かが外から窓に顔を付け、双眼鏡を覗くように
両手を目の周辺に付け、室内を覗いている。
家の中は電気をつけていない為、
外の方が明るく、こちらからは
その姿が丸見えだった。
窓に『中年女』が、
ヤモリの如く張り付いている。
俺は腰が抜けそうになった。
これは動物の本能なのだろうか?
肉食獣を見つけた草食動物のように、
俺はとっさにしゃがみ込んだ。
全身が無意識に震えていた。
『中年女』からこちらは見えているのか?
『中年女』はしばらく室内を覗き、
そのままの体勢で、ゆっくりと窓の中心まで
移動してきた。
そして、キュルキュルキュルと、
嫌な音が窓から聞こえてきた。
『中年女』の右手が窓を擦っている。
左手は依然、目元にあり、
室内を覗きながら。
キュルキュルキュル
嫌な音は続く。
俺の恐怖心はピークに達した。
何かわからないが『中年女』の奇行に恐怖し、
その恐怖のあまり、声を出す事すら
出来なかった。
すると『中年女』は後ろを振り返り、
凄い勢いで走り去っていった。
俺は何が起きたか分からず、
身動きも出来ずに、ただ窓を見ていた。
すると窓の向こうの道路に、赤い光が
チカチカしているのが見えた。
「警察が来たんだ!」
俺は状況が飲み込めた。
偶然通りかかったパトカーに気付き、
『中年女』は逃げて行ったんだと。
しばらく俺は、しゃがみ込んだまま
震えていた。
プルルルル!
その時、電話が突然鳴った。
もう心臓が止まりかけた。
ディスプレイを見ると、
慎の自宅からの電話だった。
俺は慌てて電話に出た。
『どう?』
「なんか部屋覗いとったけど、
どっか行った・・・」
『そっか、親帰って来たんか?』
「いや、たまたまパトカー通って、
それにビビって中年女逃げたんや思う」
『そーなんや!良かった。
俺、お前んちの近くに不審者がいるって、
通報しといてん。
でも、あいつに家バレたんやったら、
そろそろ親にも相談しなあかんかもな・・・』
「・・・」
『俺も今日、親に言うから・・・
お前も言えよ!もうヤバイよ!』
「うん・・・」
そして電話を切った。
その30分後、母親がパートから
帰って来た。
俺は部屋の電気を消したまま玄関に走り、
母の顔を見た瞬間、安堵感からか泣き出した。
母親はキョトンとしていたが、
俺はしばらく泣き続けた後、
「ごめんなさい」と冒頭に謝罪をし、
『あの夜』の出来事から、さっきの出来事まで
説明した。
説明の途中に父親も帰宅し、
父には母が説明した。
その後、父が無言で和室の窓ガラスを
見に行った。
窓ガラスは、鋭利な何かで
凄い傷が付けられていた。
鋭利な何かが五寸釘だと、
直感で分かった。
両親は俺を叱らず、
母親は俺を抱きしめてくれ、
父は警察に電話をかけていた。
10分程してから警察が来た。
警察には父が事情を説明していた。
俺は母親と居間にいたが、
少ししてから警官が居間に来て、
あの夜の事を聞いてきた。
ハッピーとタッチの事、
木に釘で刺された少女の写真の事、
淳の名前が秘密基地に彫られていた事・・・
その後、放課後に出会った事など、
『中年女』に係わる全ての事を話した。
そして、さっきの出来事も。
鑑識らしき人も来ていて、
俺が話している間に
窓の指紋を採取していた。
俺が話した内容で、警官が
もっとも詳しく聞いてきたことが、
少女の写真の事だった。
その少女の容姿や
面識の有無等聞かれたが、
それについては、「よく分からない」
と答えるしかなかった。
そして裏山の地図を書かされ、翌日、
警察が調べに行くと言う事になり、
自宅周辺の夜間パトロール強化を約束して、
警察官は帰っていった。
結局、指紋は出なかった。
しばらくして、慎と淳の親から
電話がかかってきた。
親同士で何やら話していたが、
『中年女』に関する話というより、
学校にどのように説明するかを
話していたようだ。
その夜、俺は何年か振りに
両親と共に寝た。
恥ずかしさなど微塵も無く、
純粋に『中年女』が怖く、
なかなか寝付け無かった。
次の日の朝、母親に起こされた時には、
すでに午前8時を回っていた。
「遅刻する!」と慌てると、母が
「今日は家で寝てなさい」と言う。
どうやら、既に学校に事情を話したらしい。
父はすでに出社していたが、
母はパートを休んでいた。
慎や淳も今日は学校を休んでいるだろう・・・
と思ったが、あえて電話はしなかった。
慎は恐らく、厳格な両親に怒られている。
淳の両親は、不登校になった淳の真実を知り
ショックを受けている。
と思うと、電話するのが恐かったから。
俺は自室に篭り、『中年女』が
早く警察に捕まることだけを願っていた。
一時も早く、追い詰められる恐怖から
解放されたかった。
母親は何故か、『中年女』の事を
口にしてこなかった。
俺への気配り?と思い、
俺も何も言わなかった。
昼飯を食べ、ふたたび自室に篭っていると、
ドスっと家の外壁に鈍い音が響いた。
俺はとっさに、慎だ!と思った。
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