呪う女 16/18
俺は自室のベットに横になり、一人考えた。
人間は、あそこまで変わることが出来るのか?
昔、鬼の形相でハッピーとタッチを殺し、
俺を、慎を、淳を追い詰め、
放火までしようとした奴が。
「ごめんね」など、心から償いの言葉を
発することが出来るのか。
いや、ひょっとしてあの事件をきっかけに、
俺が変わってしまったのか?
疑心暗鬼になり、他人を信じる事が出来ない、
『冷たい人間』になってしまったのか?
『中年女』の謝罪の言葉を信じることで、
あの事件の精神的な呪縛から解放されるのか?
もう一度『中年女』に会い、
直接話すべきだ。
俺は『中年女』にもう一度会うこと、
今度は逃げないこと!と決意を固め、
その日は就寝した。
次の日、俺はバイトを休み病院に行った。
まずは淳の病室に入り、
昨日の出来事を説明した。
そして、今日は『中年女』に会い、
直接話してみるつもりだ。
と言う事を伝えた。
淳は最初、
「『中年女』は変わっていない!」
と俺の意見に反対だったが、
「このまま一生、中年女の存在に怯え、
トラウマを抱えたまま生きていくのか?」
と俺が言うと、
「・・・『中年女』に会って話すんだったら、
俺も付き合う・・・」
と言ってくれた。
しばらく沈黙が続いた。
刻々と時間は過ぎ、面会時間終了の
チャイムが鳴ると同時に、ガラガラガラ・・・
廊下の奥の方から、ゴミ運搬台車の
音が聞こえてきた。
「来たな・・・」
淳がボソッと呟いた。
俺は固唾を飲んで、
部屋の扉へ視線を送った。
ガラガラガラ。
台車の音が部屋の前で止まった。
部屋の扉が開いた。
作業服の『中年女』が、
会釈しながら入室してきた。
俺と淳はその姿を目で追った。
『中年女』は、奥のベットから順に
ゴミ箱のゴミを回収し始めた。
「ごくろうさん」と患者から声を掛けられ、
笑顔で会釈をする中年女。
とても、昔の『中年女』と
同一人物とは思えない。
そしてついに、淳のベットのゴミ回収に
『中年女』がやって来た。
『中年女』はこちらに一切目を合わせず、
軽く会釈をし、ゴミを回収し始めた。
俺は何と声をかけていいのか分からず、
しばらく中年女の様子を伺っていたが、
淳が「おばさん!どーゆーつもりだよ?」
と切り出した。
中年女はピタッと作業の手を止め、
うつむいたまま静止した。
淳は続けて、
「あんた、俺の事覚えてたんだろ?
俺には謝罪の言葉一つも無いの?」
俺はドキドキした。
まさか淳が急にキレ口調で話すなんて、
予想外だった。
中年女はうつむいたまま、
「ごめんねぇ・・・」と、
か細い声を出した。
淳はその素直な返答に驚いたのか、
キョトンとした目で俺を見てきた。
俺は、
「おばさん・・・
本当に反省してるんだよね?」
と聞いてみた。
すると中年女はこちらを向き、
「本当にごめんなさい。
私があんな事したから淳君、
こんな事故に遭っちゃって・・・
私があんな事したから・・・ほんとゴメンね」と。
俺と淳は更にキョトンとした。
何か話がズレてないか?
俺は、
「いや、昔あんた、犬に酷い事したり、
俺ん家に来たり、全てひっくるめて!」
と言った。
中年女は、
「本当にごめんなさい。私が、
私があんな事さえしなければ・・・
こんな事故・・・
ごめんね。本当にごめんね」
と、泣きそうな声で言った。
その態度、会話を聞いていた病室内の
患者の視線が、一斉にこちらに注目していた。
静まり返った病室に、
「ゴメンね。ごめんなさい。
ゴメンなさぃ」
と、中年女の声だけが響いた。
淳は少し恥ずかしそうに、
「もういいよ!大体、俺が事故ったの、
アンタとは一切関係ねーよ!」
と吐き捨てた。
中年女はペコペコ頭を下げながら、
淳のベットのゴミを回収し、
最後に「ごめんなさい・・・」と言い、
そそくさと病室から出て行った。
その光景を周りの患者が見ていたので、
しばらく病室は変な空気が流れた。
淳は、
「何なんだよ!あのオバハン!
俺は普通に事故っただけだっつーの。
何勘違いしてやがんだよ!」
と言いながら枕をドツイた。
俺は『中年女』の行動や言動を聞いていて、
ハッキリと思った。
やはり『中年女』は少しおかしい。
いや、謝罪は心からしているのだろうが、
アイツは呪いの儀式を行った事を謝っていた。
呪いを本気で信じているようだった。
淳は、
「あの頃は無茶苦茶怖い存在やって、
今だにトラウマでビビってたけど、
さっき喋って思ったんは、単なる
オカルト信者のオバはんやって事やな!」
と、どこかしら憑き物が取れたと言うか、
清々しい表情で言った。
俺は、
「あぁ昔と違って、俺らの方が
体もデカくなったしな!」
と調子を合わせた。
「さて、とりあえず一件落着したし、
俺帰るわ!」
「おぅ!また暇な時来てや!」
と言葉を交わし、俺は病室を出た。
家に帰る途中、俺は慎の事を
思い出した。
アイツにもこの事を伝えてやろうと。
アイツも今回の話を聞かせてやれば、
あの日のトラウマが無くなるのでは無いか、と。
家に帰り早速、慎と同じサッカー部だった奴に
電話をかけ、慎の携帯番号を聞いた。
そして慎の携帯に電話をかけた。
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