鏡 1/3
大学1回生の冬。
大学に入ってから出入りするようになった、
ネットの地元系オカルトフォーラムの
オフ会に出た時のこと。
オフ会とは言っても、
集まって居酒屋で飲む程度のものもあれば、
ディープなメンバーによる、
秘密の会合のようなものもあった。
その日も10人ほどの人間が集まって、
白木屋でオカルト話を肴に飲んだ後、
主要メンバーだけが夜更けに、
リーダー格の女性の部屋に集ったのだった。
そのリーダー格の女性とは
Coloさんという人で、
(なぜか頻繁にハンドルネームを変えるので、
そのとき本当にColoだったかは自信がない)
俺のオカルト道の師匠の彼女
でもあった人だったので、
妙に可愛がられ、
若輩の俺も濃い主要メンバーの集まりに
混ぜてもらうことがよくあったのだ。
秘密の会合では交霊実験まがいのことを
することもあったが、
その日は1次会の流れのまま、
Coloさんの部屋でダラダラと酒を飲んでいた。
山下さんという男の先輩が、
『疲れてくると人間の顔が
4パターンしか見えなくなくなる』
という、
不思議な現象にまつわる怖い話を
していたところまでは覚えている。
揺さぶられて目を覚ました時、
部屋には3人しかいなかった。
Coloさん、みかっちさん、
という女性陣に俺。
「鏡占いに行こう」
まだ覚醒していない頭に、
実にシンプルな構文が滑り込んできた。
なんでも、
市内に新しい占いの店が
オープンしたのだが、
それが一風変わった『鏡を使った占い』
をしているのだそうだ。
思わず腕時計を見たが、
短針は12時を回っていた。
しかし二人は、
「大丈夫、大丈夫、まだやってる」
と言うのである。
洗面所を借りて顔だけ洗っていると、
Coloさんが傍にやって来てこう言った。
「困ってることがあるんでしょう。
その店の鏡の中には、
困難の正体が映るんだって」
困っていること。
たしかにある。
Coloさんやオフ会のメンバーには
言っていないが、
その頃の俺は、ある女性に絡む、
やっかいごとの只中にいた。
霊感の強い人に立て続けに
出会ったせいか、
心霊現象にはよく遭遇するように
なっていたのだが、
異常な人間の方が、
はっきり言ってタチが悪い。
その女性は信じ難いことに、
市内の高校で『同級生の血を吸う』
という事件を起こして、
停学になったことがあるという。
興味をもって彼女のことを調べまわって
いたのが不興を買ったのか、
その頃は身の回りに不可思議な出来事が
立て続いて起きていた。
もちろん、
彼女と関係があるとは限らない。
しかし、
最悪の事態を想定して生活するのは、
臆病者にとって当然だ。
俺は知り合いにもらった
魔除けのタリスマンなるものまで、
肌身離さず持っていた。
Coloさんは何を考えているのか
わからない独特の表情で、
「たぶん、本物だから」
と言った。
Coloさんは勘が鋭い。
大学のサークルの先輩でもある
俺のオカルト道の師匠には、
そのやっかいごとを伝えていたが、
恋人を巻き込みたくないのか、
師匠はColoさんには教えてないはずだった。
はずなのに、
なにか勘づいているような
気配がしていた。
3人で連れ立ってマンションの一室を出ると、
外はやたら寒く、
俺は「帰りませんか」と何度か言ったが、
女性二人がノリノリだったため無視され、
繁華街の方へずんずんと歩を進めていった。
ところが、
その途上でみかっちさんのPHSが鳴り、
みかっちさんは電話口で
何事か喚いたかと思うと、
走ってどこかに行ってしまった。
俺は面食らうとともに、
どこかほっとして、
「二人になったし、帰りましょう」
と言った。
しかし、
Coloさんは首を振ると、
「来なさい」
と有無を言わせぬ口調で、
俺を促した。
深夜1時近くになっていたが、
まだ明かりの消えない
華やかな通りから少し外れて、
薄暗い裏通りを進むと、
『学生ローン』
と書かれた看板のある、
小さなビルの前に立ち止まった。
占いの店らしき看板も出ていないが、
Coloさんはここだと言う。
そして、
地下へ延びる階段を、
ずんずんと降りて行くのだった。
地下には『占い』とだけ書かれた
怪しげなドアがあり、
Coloさんは躊躇なく押し開けて、
俺を手招きするのだった。
薄暗い店内には人の気配がなく、
厚手の黒い布で遮蔽された
カウンターらしきところに、
人の手が見えた瞬間は、
思わずビクッとした。
※遮蔽(しゃへい)
覆ったり物陰に隠したりして他から見えなくすること。
Coloさんがその布越しに
なにか話しかけると、
白い手は店の奥を指差したかと思うと、
スゥっと消えるように引っ込んでいった。
狭い店内は黒で統一され、
天井の照明も黒い布で覆われていたので、
目が慣れるまでは鼻を摘ままれても、
とっさにはわからなかったかもしれない。
「こっち」
とColoさんが俺の手を掴んで引っ張り、
店の奥へと向かった。
奥には黒い布で隠されるようにして
ドアがぽつんとあり、
切れ目の入った厚手の生地を掻き分けるように
中を覗き込んだかと思うと、
Coloさんは「ここ」と言って、
俺を促すのだった。
流されるようにここまで来てしまったが、
なんだかすべてが薄気味悪い。
『困難の正体が映る鏡』
そんなものが本当にあるんだろうか、
とは思わなかった。
そんなものを見ていいんだろうか、
そう思ったのだった。
(続く)鏡 2/3