無口だった老人の意外な飲み友達
これは、とある田舎で働いている友人から聞いた話です。
彼は在宅介護の仕事をしていて、一人暮らしの老人のお宅へ行くことがよくあります。
その彼の巡回先に、山際の家に住んでいるお爺さんがおられます。
無口な人なのか、あまり話したことがなかったのですが、ある日に彼が訪ねた時、人が変わったようによく喋ったそうです。
そんなことが何度か続いたので、「最近、機嫌が良いですね。何か良いことでもあったんですか?」と聞いてみました。
すると、お爺さんは「いやあ、飲み友達が出来てのう」と嬉しそうに言い、「そうじゃ、あんたも今晩どうだ?」と、思いもよらぬ誘いを受けました。
彼は最初「いえいえ、私は・・・」と断ったのですが、普段世話になっているお礼がしたいからと言われ、夜に再訪することになりました。
その日の夜、そのお爺さんの家を訪ねると、満面の笑みのお爺さんが迎えてくれました。
そして、通された場所は山側にある縁側。
どうして縁側?と思い、お爺さんに「なぜ居間じゃなくて縁側なんですか?」と聞いてみれば、「お客さんは山から来るんじゃ」と言ったそうです。
とりあえず縁側に行き、先にお爺さんと飲みながら暫くすると、山からざわざわと人が茂みを掻き分けながら下りてくる気配がしました。
ぼんやりと、人のような影が下りてくるのが見えたそうです。
「おお、来られたか」
お爺さんがそう言うと、その影は手を振りながら近づいて来ました。
縁側の明かりに照らされて見えたその影は、明らかに『猿』だったそうです。
ただ、猿と言っても小学生くらいの背丈はあったうえに、普通の人間のように歩いていたのですが、毛が黒く、手足が長かったようです。
その猿は人間のように縁側に腰掛け、「は?」と唖然としている友人を尻目に、お爺さんは猿に酒の入った湯呑を渡し、「まあ、一杯」と勧めていたそうです。
お爺さんが猿に話しかけると、猿はまるで相槌を打つようにウンウンと頷き、お爺さんが「この人がいつも世話になるヘルパーさんじゃ」と友人を紹介すると、猿は友人の方を見てペコリと人間のように会釈しました。
よくわからない飲み会は結構遅くまで続き、猿が縁側を立ち、お爺さんに手を振って山へと帰って行きました。
友人はその日、お爺さんの家に泊まり、翌朝に帰ったそうです。
そんな話を聞いた私は、「そのお爺さんは今でも元気なの?」と聞いてみると、「ああ、今でも元気だし、よく喋るよ。今でも猿と飲んでいるんじゃないかな」と言っていました。
(終)