白い家とピアノの音とお姉さん
これは、僕が小学生だった頃の話。
当時、通学路の途中に『白い家』があった。
木で作られたログハウス風の建物を、白く塗装したような家だったのを覚えている。
僕の家はかなりの田舎にあり、朝は家の近い子供たちで集団登校をしていたが、帰りはそれぞれバラバラに帰っていた。
僕の家は同じ方向の子供たちの中でも最も遠い場所にあり、最後の子と別れてから更に1キロメートルほど歩かなければいけなかった。
白い家はその間の場所にあり、僕は毎日の下校時にその家のすぐそばを横切っていた。
白い家からは時々ピアノの音が聞こえてきていたが、その家に誰かがいるのを見かけたことはなかった。
だが小学3年生になってしばらくした頃だっただろうか、その家の窓から一人の女性が外を眺めているのが見えた。
当時の僕がお姉さんと感じたくらいの見た目だったので、おそらくは中学生か高校生くらいだったと思う。
僕は田舎の小学生らしく、お姉さんを見かける度に「さよおなら」と挨拶をしていた。
お姉さんは気づかない時もあったが、気づいた時は優しく微笑んで手を振ってくれていた。
ある日、ふと気になって「あの白い家には誰が住んでいるの?」と両親に聞いてみたところ、不思議そうな顔をされた。
両親曰く、確かにあの場所にはログハウス風の一軒家があるが、白く塗られてなどいない。
そもそもあそこに住んでいた人は10年以上前に引っ越しており、あの家には今は誰も住んでいない、と。
もしかしたら近所の子が秘密基地代わりにしているのかもしれないなと両親は言うと、一応その子の特徴を教えてくれと聞かれた。
“髪が長くて明るい色”ということと、“肌がすごく白くて綺麗”という特徴を伝えたが、両親はそんな子いたかなと首を傾げた。
それからしばらくして、祖父から『お守り』を手渡された。
件の白い家とお姉さんの話を両親から聞いたらしく、昨年旅行に行った時に大きな神社で買ったものだとか。
もし本当にお化けだったら怖いだろうから念のために持っておきなさい、などと言われたのを覚えている。
しかし祖父も両親も、子供特有のイマジナリーフレンド(空想の遊び友達)のようなものだと思っていたのだと思う。
僕自身も、お姉さんが幽霊だとは微塵も思っていなかった。
実際にお守りを持ち歩くようになってからも、お姉さんを見かけるし、家は白く見えるままだった。
それからさらに月日が経ったある日、白い家からピアノの音の変わりに歌声が聞こえてきた。
いつも聞こえていたピアノの曲とメロディーは一緒だったので、たぶんピアノで弾いていた曲の歌なのだと思う。
しかし、歌詞は昔の言葉のようでよくわからなかった。
少し立ち止まって聞いた後、窓の方を見てみると、やっぱりそこにはお姉さんがいて、歌を歌っていた。
ただ、いつものお姉さんとひとつだけ違っているところがあった。
髪が真っ白になっていた。
それに驚いて立ち止まって見ていると、歌い終わったお姉さんがこちらに気づき、いつものように優しく微笑んで手を振ってくれた。
そこでハッとなった僕は、いつものように「さよおなら」と返した。
その日以来、白い家からはピアノの音は聞こえなくなり、お姉さんも見かけなくなった。
そして僕が高校を卒業するくらいの頃に、その家は取り壊された。
なんでも、元々住んでいた人がまた住むこともあるかもしれないとそのままにしていたらしいが、結局は使わない上に老朽化も激しいので取り壊すことを決めたらしい。
僕には結局、その家は最後まで白い家に見えていた。
取り壊される際、祖父が思い出したように「まだ白い家に見えるのか?」と聞いてきた。
僕はお姉さんが見えなくなった時のことと、家自体はまだ白く見えることを掻い摘んで話した。
最後の日のお姉さんの特徴を聞いた時、祖父は少しだけ険しい顔をした。
そして、「白姫様に似ているな。まあ、見えなくなったなら良かった」とだけ言った。
白姫様とは、近所の神社に祀られている『白い髪の祟り神』らしい。
ずいぶんと昔から祀られているらしく、由来など詳しいことを知っている人はもういないと聞いた。
ただ、祟り神と聞いても僕はピンとこなかった。
なぜなら、お姉さんに怖いとか悪いものという印象がなかったから。
たぶん長いあいだ祀られているうちに、色々あって祟り神として祀らるようになったんだろうと思っている。
(終)