トノサマバッタを追いかけた先に
これは、友人の翔太(仮名)が小学3年生の時の話。
当時、山で遊ぶことが日課になっていた翔太。
いつものように駄菓子屋で買ったお菓子を持って、山へ向かう道をぶらぶらと一人で歩いていた。
すると、目の前に『大きなトノサマバッタ』が。
昆虫が大好きだった翔太は夢中で追いかけて行ったそうだが、細い獣道を駆け上がると、いきなり“開けた原っぱ”みたいなところに出たそうで。
膝上ぐらいまでの草が一面に生えた、学校のグラウンドぐらいの広さがある場所。
その中に一軒だけポツンと、農具倉庫のような“ボロい建物”が建っていたのが印象的だったと言う。
その山に関しては、ある程度は知っているはずの翔太だったが、そんな場所に心当たりなどなく、原っぱに出た途端、背筋が凍るような嫌な感じまでしたそうで。
もちろんすぐに引き返そうとしたらしいが…。
しかし突然、方向感覚が狂ったというか、ひどい立ちくらみにあった時のように目の焦点が合わず、自分がどっちを向いているのかもわからない感覚に襲われた。
進むも戻るもままならず、頭の中でパニックを起こしながらも必死に目を凝らし、意識をはっきりさせようと試みる。
その時、20メートルほど先にある建物のドアが音を立てて激しく開き、そこから出てきた”何者か”がこちらに向かって来ている音がした。
「ヤバイヤバイヤバイヤバイ」
焦りまくっていると、これまた突然に立ちくらみのような感覚が消え、原っぱから抜け出すことができた。
草を掻き分け、物凄いスピードで何かが迫って来る音を背にしながら、必死で獣道を走り抜ける。
すると、麓の神社に繋がる道に出れた。
ほっと一息ついていると、目の前にはさっきのトノサマバッタが”自分を誘う”ようにピョンピョンと跳ねている。
それがまた不気味で、無視して家へと歩いている間も、ずっと目の前をしつこく跳ね回っていた。
そして麓にある神社に着いた途端、いつの間にかトノサマバッタはどこかへ消えていた。
一通り話し終わった後、「バッタで子供を釣るとか卑怯やんなぁ。付いて行くに決まってるやんね」と、翔太は笑って言った。
ちなみに、翔太は大人になった今では虫が大の苦手。
もうバッタには釣られないだろうなぁ、なんて思ったり思わなかったり。
(終)