幽霊の友達との忘れられない約束
小さい頃の記憶ってほとんど残ってないんだけど、ひとつだけものすごく鮮明に思い出せるものがある。
幼稚園の頃、俺は『幽霊の女の子』と遊んでいた。
確か、その子の名前はリツコ。
初めて会ったのは当時住んでいた団地の裏手に広がっていた芝生の空き地で、一人で遊んでいた時だった。
彼女と出会い、しばらく一緒に遊んだ後、リツコは自分が幽霊であることを明かした。
自分から正体を明かすなんて、今思うとかなり珍しい種の幽霊だったと思う。
リツコは至極真剣な顔だったから、嘘をついているようには見えなかった。
実際に、よく見ると足がない。
本物だと思った。
だけど怖くはなかった。
リツコと遊んでいると本当に楽しくて、いつも気がつけば夜になっていた。
リツコに呪われている感じもなかったし、取り憑かれている感じでもなかったから、ちょっと違った種の友達として毎日のように遊んでいた。
ただ、親や他の友達には秘密にしていた。
なぜか秘密にすべきだと感じていたから。
たぶん幼稚園の年長の終わり頃だったと思う。
ある日、いつものように芝生の空き地に行き、夜まで遊んでから「じゃあ帰るね」と言ったところで、いつもは「じゃあね」と見送ってくれるリツコが俺を引き止めた。
怪訝な顔をする俺に、リツコは確かにこう言った。
「コウくんは死んじゃだめだよ」
その言葉が意味するところはその時の俺にはわからなかったから、とりあえず「うん」と答えて、俺は芝生の空き地をあとにした。
それ以来、リツコと会っていない。
消えてしまったのだ。
跡形もなく。
そしてちょうどその頃にうちの家族は引っ越すことになって、芝生の空き地から遠ざかった。
だけど今でも、一時も、リツコのことは忘れたことがない。
そんな俺は今、うつ病なんだ。
いや、正しくは医者がそう診断しただけなんだけど。
なぜなら、うつ病にかかるような原因が少しも思いつかないから。
いじめられているわけでもないし、家族はみんな仲が良いし、俺はのんきだからストレスなんてあまり感じないタイプだし。
でも、なぜかよくわからないんだけど、何をしても楽しくないんだ。
あんなに好きだったパソコンもアニメも全然楽しくない。
すでに楽しいという感情さえ忘れかけているような気がする。
もちろん何度か自殺は図った。
でも、なぜか毎回助かってしまう。
絶対に死ぬだろうというような行動をしても、どうしても助かってしまう。
楽しくないと思う度に、自殺を図っても助かってしまう度に、俺はリツコのことを思い出す。
(終)