クモのような男からの頼み事
これは、俺が小学校の低学年くらいの時に体験した話。
学校帰りに家の近くの歩道を歩いていたら、向こうから来た人に声をかけられた。
その人は男で、黒い背広を着ていて物凄く背が高かった。
子供だから背が高く見えたわけではなく、確実に周りの人よりも頭一つ大きかった。
世の中にはこんな人もいるんだなあ、と印象に残った。
「ボク、取ってきてくれないかな?」
その人は手足が細くて、まるでクモのような感じの人だった。
不思議なことに、どんな顔だったかが全く記憶に残っていない。
マスクなどをしていたのかもしれない。
その人が「ボク、家はこの近所かい?」と聞くので、「そうだよ」と答えた。
すると、「ちょっと頼みがあるんだけど・・・」と言う。
当時は今のように子供が知らない人と口を利いたりしてもそんなに不審がられなかったので、「何ですか?」と答えた。
そしたらその人は、「あそこの赤っぽい壁の家に入りたいんだけど、入れない。ほら、玄関の上に神社の御札が貼ってあるだろ。あれがどうも嫌なんだ。ボク、取ってきてくれないかな?」と言う。
「うーん」と考えてから、「人の家のだから取れないし、第一あそこまで届かない。おじさんが自分で取ればいいんじゃないですか?」と答えた。
すると、「そうだよね。うんうん、そう思うよね。いいよいいよ、なんとかするから」と。
その人はそう言うと、「ボク、ありがとうね」と手を振って、向きを変えて歩いていった。
この事はすぐに忘れたのだが、翌年の3月にその家の家族が引っ越していった。
たぶん亡くなった人はいなかったと思う。
ただ、その家の前を通った時に御札を見たら、上に手の跡がペタペタと付いて真っ黒になっていた。
(終)