離れ家の地下にはアベジョウジと名乗る男
これは、うちの家の奇妙な話。
俺が小学生だった頃のこと。
木造二階建ての借家に、両親、姉、俺、祖父母、二人の叔母の計八人が暮らし始めた。
俺の部屋は二階で、姉と一緒。
その隣の部屋には両親。
一階には居間と仏間、台所と部屋が一つ。
また、その部屋と短い廊下で繋がった離れ家があった。
部屋には二人の叔母、離れ家には祖父母。
この借家には、俺が小学校一年生の時に引っ越した。
そして、引っ越してすぐに驚いた。
なぜなら、家の中が”御札だらけ”だったから。
今の歳になって引っ越す前に家を見学していなかったのか?という疑問はあるが、当時はそんなことを考えずに、ただ気持ち悪いなと思っていた。
じいちゃんが「何かこれ?気色の悪か」と言って、御札を全て剥がして回った。
余談になるが、じいちゃんが前に住んでいた家も、真裏が墓地で、周りには街灯がなく、便所は外にボットンという、なかなか気色の悪い家だったんだが…と思ったが。
その御札が関係しているのかはわからないが、家では不思議なことが色々と起きた。
まず、その家に越してから、頻繁に”同じ夢”を見るようになった。
夢での離れ家には床に蓋のようなものがあり、それを開けると地下に続く階段があった。
もちろん、実際にはそんなものはない。
それを下りていくと、小汚いおじさんが狭い部屋でニコニコしている。
「おじさん誰?」と話しかけると、おじさんはニコニコしたまま「アベジョウジ、アベジョウジ」と呟く。
ただそれだけの夢だったが、気持ち悪く思っていた。
驚いたことに、姉も同じ夢を見ていた。
他にも、俺以外のみんなが昼でも夜でも仏間で寝ると金縛りにあい、ドアのすりガラス越しに白い人影がスーッと動くのを見たとか。
一番年下の俺を全員で口裏を合わせてからかっていたのかもしれないが、厳格なじいちゃんまでもが同じことを言っていたので信じるしかない。
また、居間に一人でいた時に、ふと視線を感じて後ろを振り向くと…。
後ろには襖、その奥は仏間があるが、気のせいかと思って前を向き直す。
でもやっぱり視線を感じて振り向く。
そして、ふと上を見ると、襖の上の欄間の隙間から目が覗いていたことがあった。
高さが三メートル程あるのであり得ないと思って、恐る恐る襖を開けた。
もちろん誰もいない。
一体あれは何だったんだろうか。
時は流れ、俺は中学生に。
祖父母と叔母たちは家を出て、うちの家族だけで暮らすことに。
俺の部屋は変わらず、姉が隣の部屋に、両親が離れに移った。
ある夜中、俺は部屋でラジオを聴いていた。
その日は雨が降っていた。
気づくと雨の音が止んでおり、何となく外の様子が気になったのでカーテンを開けた。
すると、窓にしわくちゃの爺さんが張り付いていた。
慌ててカーテンを閉めたが、あのドス黒い肌と血走った目は忘れられない。
時が経って俺も大人に近づき、叔母さんには子どもが生まれた。
とても可愛い女の子。
よく家に遊びに来ていて、そこそこ話せるようになってきた時だった。
ニコニコしながら、「あべじょーじ、あべじょーじ♪」と急に言い出した時は、姉と顔を見合わせて驚いた。
両親と叔母さんは「ん?」という感じだったが。
そして今年、高校生になった従妹に「アベジョウジって覚えてる?」と聞いても、「何それ?」と言われる。
もうあの家からは離れて一人暮らしをしているが、時々ふと思い出す。
俺にとっては怖かったあの家のことを。
(終)