個室に入院していた男性が亡くなってから
これは、病院で働いていた時の話。
ある日、個室に入院していた人が亡くなった。
東北から出稼ぎで関東に出てきて、そこで病気になったそうだ。
遺体はご家族が引き取って帰られた。
もちろん荷物も持って帰った。
空いた部屋にはすぐ次の人が入ったが・・・。
鏡に男の人が映る
次に入ったのは若い男の子。
病状は軽いものだった。
その病棟では個室は重病者優先だったが、その子は個室でないとイヤだと無理を言い張り、仕方なく入れた。
だが、数日して急に元気がなくなり、「やっぱり大部屋でいい」と転室する。
その時はお金もかかるしね、と気にしなかった。
しばらくして、その個室におばあさんが入った。
軽い認知症のある人だったが、夜中に「部屋の鏡やガラスに男の顔が映る」と頻繁にコールを押すようになった。
認知症からだと思われていたが、ご家族が気にして他の病室に移動する。
以降、訴えは消えた。
今度は中年の男性が入った。
こちらは大部屋が空いていないための臨時の入室だった。
やはり病状は重くなく、わりと元気。
だがしばらくして、「部屋のトイレの鏡に男の人が映る」と言い出した。
さりげなく聞き出した人相が、冒頭の東北出身の亡くなった男性にそっくりだった。
そしてある日、「この部屋で亡くなった人はいる?」と聞かれた。
面白半分にそういうことをいうタイプの人ではなかったので詳しく話を聞いてみると、夢に鏡に映っていた男の人が出てきたのだという。
そして、『自分は東北からきた漁師だが、履いてきた靴がなくて家に帰れない』と言ったそうだ。
亡くなった東北出身の男性は漁師だった。
当たり前だが、誰もそのことを患者に話したりするわけがない。
中年男性はその後に病室を移り、元気になって退院された。
そして、その方が個室を出られてから徹底的に大掃除をした結果、部屋のロッカーから古びた長靴が出てきた。
それは東北出身の男性が入院の時に履いてきたものだ、と先輩が覚えていた。
すぐ病状が悪化し、二度と履かれることのなかったものだった。
長靴はすぐ東北のご家族の元へ郵送された。
以後、その個室は物品置き場に改造された。
私は、長靴と一緒にあの男性がちゃんと家に帰れましたように、と願った。
ただ不思議で仕方がないのは、亡くなった男性の後に3人も患者さんが入り、その度に荷物の出し入れも掃除もしているのにもかかわらず、どうしてそれまで長靴が見つからなかったのか・・・ということ。
長靴が出てきた時、しばらくは看護師全員が鬱々としていた。
怖さもあったが、見つかるまでに2ヶ月くらい経っていたので、最初に見つけていればもっと早く家に帰れたのかなぁ、と思ったり。
なぜなら、とても地元に帰りたがっていたのに、病状が悪すぎて転院も出来なかった人だったから。
物品置き場になってからは鏡も取り外され、窓には常にカーテンが掛かっていた。
その後、その男性らしき人を見たという話は聞かないので、ゆうパックと一緒にちゃんと家に帰れたんだと思いたい。
(終)