噛みつく生首が住むアパート 1/2

これは今から13年前に起きた出来事です。

 

今でもあれが何だったのか分かりません。

早く忘れられれば良いと願っています。

 

当時、私は上京してきたばかりで、

右も左も分からない状態でした。

 

祖父から貰った、

ボロボロでいつの時代のか分からない

東京マップを手に、

見知らぬ都会をさまよいました。

 

上京の理由は職探しでした。

 

地方で職にあぶれていた私は、

遠い親戚を頼って来たのでした。

 

「職は知らんが、住む場所なら

安く提供してやろう」

 

叔父にあたるその人は、

電話でしか話したことも無く、

まったくもって不安でした。

 

しかし今になって思えば、

あのときの不安な気持ちは、

虫の知らせだったのかもしれません。

 

目的のアパートに着いたときは、

日が暮れかかっていました。

 

そこには、大柄なおばさんが

立っていました。

 

「ようこそおいでました。

お疲れでしょう。案内します」

 

私は案内されるがまま、

その薄暗いアパートへと

入っていきました。

 

入り組んだ場所に建っているだけでなく、

建物自体がさらに奥まったところへ

伸びているためか、

 

私はなにか、

言い知れぬ圧迫感を感じました。

雑草も伸び放題。

 

実際、日は暮れかかってましたが、

まるで暗い洞窟に入っていくような

錯覚すら感じました。

 

いつのまにか、

おばさんの背に止まっていた

蝿が妙に恐ろしく、

 

私は荷物を握り締め、

「いやー、東京は初めてなので、

人が多くってー」と、

声を大きめに言いました。

 

するとおばさんは振り向いて、

「静かに!!!」と怒鳴りました。

 

私はそのとき、

そのおばさんが女装した、

おじさんだと分かりました。

 

とっさの怒鳴り声が、

男の声だったのです。

 

私は意気消沈し、

都会の恐ろしさを感じました。

 

今となっては、

そこが異常なところであったと

自覚しています。

 

部屋は生臭いのを除けば、

家具も揃っており、

文句の言いようがが無かった。

 

しかし東京の家賃は、

いくら親戚価格で提供してくれている

といっても、9万と高かった。

 

六畳が一間と、床板の捲れた台所。

水は耐えず濁っていた。

 

だが、私専用のトイレは有り難かった。

 

しかし和式トイレの穴は、

夏の熱気によって凄い臭いだった。

フタをしても臭ってくる・・・

 

おばさん・・・いや、

おじさんの厚化粧はぎらぎらと輝き、

むっとする化粧の臭いが

いつまでも吐き気を催しました。

 

そして化粧を落としてきたおじさんが、

今度は何事もなかったかのように

再び訪れて来て、挨拶をしました。

 

「遠いところご苦労様。

所用で迎えに行けなくて申し訳無い。

女性が応対しただろう?

どうだった?」

 

「え?」

 

「綺麗だったか?」

 

そういうと小太りのおじさんは、

私の目を除き込みました。

 

アイラインと言うのでしょうか?

目の辺りが、まだ化粧が落ちずに

残っていました。

 

「なんとも・・・」

 

曖昧に口だけで返事すると、

おじさんはあからさまに

機嫌が悪くなりました。

 

部屋に漂う据えた匂いと私の脂汗、

おじさんの化粧の匂いが、

風も無い六畳に充満していました。

 

その夜、備え付けであった、

ほこり臭くゴワゴワした布団に入り、

疲れていたので無理矢理でも眠りました。

 

どれくらい時間が経ったのでしょうか。

暗い部屋の中に複数の動く物があります。

 

気配というか、音というか、

腐ったような臭いと言うか・・・

 

とにかく、何かが

私の布団の周りにいるのです。

 

しかし、私は強引に目を瞑って眠りました。

相当疲れていたようです。

 

次の日、いくつかの場所をあたって、

バイトを探しました。

 

しかし、中々に見つからず、

喫茶店でコーヒーを頼み、

街の喧騒に怯えながら

小さくなって寂しい思いでした。

 

ふと私は、自分のコーヒーカップを持つ

手首に目がとまりました。

 

・・・歯型?

 

良く見ないと気づかない。

しかし、はっきりと歯型が付いていました。

 

私は、寝ぼけて噛んだのだろう

と思い込みました。

 

私のものより、

はるかに小さな歯型が付いた手で飲む

コーヒーは不味かった。

 

正直、帰りたかった。

しかし、帰る場所はアパートでした。

 

おじさんに会うのではないか?

と怯えながら部屋に足早に戻り、

鍵をかけました。

 

血生臭さは幾分収まりましたが、

化粧の臭いが新しく残り香として

部屋に漂っていました。

 

(続く)噛みつく生首が住むアパート 2/2へ

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