誰か知らずに一緒に遊んでいた少年
これは六十年以上も昔、中学生だった大叔父の話。
野球少年だった大叔父は、仲間を集めては近所の空き地で野球をやっていた。
夏のある日、隣の寺まで飛んだボールがばたばたと卒塔婆を倒してしまった。
皆一斉に青ざめたが、謝りに行くのも、こっそり草深い墓地に行くのも躊躇(ためら)い、かと言ってボールは一つしかないので取りに行かないと野球ができない。
墓地の入り口で皆まごまごしていると、一人の男の子が「僕が謝ってくるよ」と言って、墓地の中へずんずん入って行ってしまった。
そうして、皆の見ている前でぼうっと消えてしまった。
びっくりした大叔父は、慌てて坊さんを呼びに行った。
バカ者だのバチ当たりだの怒鳴られながら、一緒に墓地の中を探し回ったが・・・。
「いなくなったのは誰じゃ?言うても、だあれも名前を知らん。家もわからん。あいつはいつ仲間に入って来よったんか言うても、皆気づかんかった言いよる。終いには、あいつの顔がどんなんだったかわからんと言い出したんじゃ」
その後、大人も加わって山も川も探した。
帰って来ない子供はいないかと、一軒一軒尋ね歩いたがわからなかった。
翌日、大叔父たちは全員で卒塔婆を直した。
花を供えて頭を下げ、ぞろぞろと墓地の外に出たところ、道端にぽつんとボールだけが落ちていた。
「八月じゃから、そういうこともあると思うんじゃ」
大叔父が亡くなって二十年経つ。
誰かが言っていたが、広島は八月になるといつもカタカナの『ヒロシマ』になるのが哀しい。
(終)