夜行列車で出会った奇妙な男の話
これは、もう20年以上前の話になる。
大学の友人と貧乏旅行を楽しんでいて、春休みに夜行列車に乗った時のこと。
夜行と言っても寝台ではなく、座席のみの各駅停車。
列車は俺たちと同じような学生などで全車両ほぼ満席で、俺と友人はボックス席の窓際に向い合わせで陣取っていた。
大学の同学年の女子の話などをしていると、途中駅で乗ってきた客の一人に、見るからにおかしな男がいた。
年齢は20代後半から30代くらいで、薄汚れたシャツにボサボサ頭、首には何だか大きなアクセサリーをつけている。
なぜか笑顔で見知らぬ他の乗客に愛想を振り撒きながら、俺たちの座席の通路を挟んだ向こう側の空席に腰かけた。
その男の隣には、俺たちと同年代くらいの女子がいた。
男は座った途端にその彼女に何やら話しかけ、案の定、彼女は嫌そうな顔をしている。
俺たちは「何だあいつ?馴れ馴れしいし、臭いし、最悪だな」というようなことを、男に聞こえない程度の声で言い合っていた。
話しかけられても厄介なので、俺たちは眠ったフリをすることに。
するとそれを察したのか、彼女に相手にされなかった男は、今度は俺たちに話しかけてきた。
「どこまで行かれるんですかあ~?」
眠ったフリをしかけた俺たちに容赦なく愛想を振りまき、接触を試みる男。
「いやあ、紀伊半島をまわろうかと・・・」
仕方なく答える俺。
「そうですか~。あの辺は色々問題の多い場所がありますからねえ~」
そう言いながら、何の脈絡もなく意味不明な話を始めた男。
曰く、男は占いを生業としていて、全国各地に赴いては占いやら除霊やらをして回っているという。
それまで厄介な奴とばかり思っていた俺たちだが、『除霊』という言葉を聞いて色めき立った。
なぜなら、俺たちもそういった話は好きだったからだ。
列車はちょうど、いわくがあると知られる長いトンネルを通過していた。
「このトンネルね、前に通った時、馬に乗った落武者が並走してるのを窓の外に見たことあってね」
平然と解説する男。
この時点までは、男の話すことが嘘でも本当でも、長い夜行列車のお供にと面白半分で聞いていた。
だが男は、「これも何かの縁、お二人を占いましょう」と言い出した。
占いを信じるわけではないが、やはり面白そうなので提案に乗ってみることに。
まずは俺から。
「白くて尻尾をピッと立てた犬が見えますね」
実はこの一週間前に、自宅で飼っていた白い毛の犬が死んでいた。
当然そんな話を、その男はもちろん友人にさえしていなかったし、犬に関するものを身に付けていたとか、そういったこともなかった。
「よくおわかりで・・・実は・・・」
俺がそう言ったところで、遮るように男はこう言った。
「あなたを守っているようですよ」
真偽のほどは何とも言えないが、言い当てられたことに心当たりはあり、悪い話ではない。
ちなみに友人も、ある程度心当たりのあることを言い当てられていた。
そんなこんなで初めは厄介に思っていた俺たちも、その男がする話に引き込まれていた。
話は心霊のことになり、全国を回って除霊しているエピソードをいくつか聞いた。
そこで俺は、俺たちの大学のある県内で何かなかったかと聞いてみた。
すると、こんな答えが返ってきた。
「とある専門学校の構内で、校舎の屋上から女子学生が飛び降り自殺を遂げ、それが地縛霊となってしまったのを祓ったことがありましたね」
どこの学校か聞いてみると、なんと俺たちが通っている大学に併設されている専門学校だった。
もちろん俺たちの大学の話など男には一切していないし、その話を聞いた時も、驚きつつも友人と目配せをしただけで口には出していない。
占いと同じで、俺たちが通っている大学がわかったのか、それとも単に話が偶然だったのかはわからない。
ただ、大学で自殺があったなどという話は聞いたことはなく、作り話か別の学校の話だろう、と後で友人と笑った。
そんな話で盛り上がった俺たちだったが、夜も深い時間になり、翌日のこともあるのでそろそろ休もうということになった。
そして男は、「もし何か相談したいことがあったらどうぞ」と、手帳の切れ端に汚い字で名前と電話番号を記して俺に渡した。
朝を迎え、目が覚めて程なく、俺たちが降りる駅に列車が到着したので、男と軽い挨拶を交わして別れた。
休みが明け、さらに数ヶ月したある日、俺は学園祭の打ち合わせで学生会の連中と話し込んでいた。
件の夜行列車の男のことなど忘れていた俺は、ハッと息を飲むような話を耳にする。
大学の事情に詳しい学生会の幹部をやっている奴が、「そういえば2年ほど前に専門学校で自殺があったのを知ってるか?」と言うのだ。
話によれば、鬱気味だった専門学校の女子学生が校舎の屋上から飛び降りて死亡したとのことだが、問題になるのを恐れて学校を管理する学園が箝口令を敷いた、ということだった。
俺は、あの男の語ったことを思い出した。
あの時にあの男が語ったことは事実だったのだ。
すぐさま一緒に行っていた友人にそのことを伝えると、友人も言葉を失った。
後日、自殺があったとされる現場に、友人と恐々ながらも行ってみた。
特に何かあったわけでもないが、男が語っていた現場の状況が一致していた。
校舎の建つ敷地の外周にあるコンクリート塀、自殺した女子学生はそこに激突して即死したらしいが、その塀に憑いてしまったという男の話と重なる。
俺たちはそれを互いに確認し、しばらく現場に立ち尽くしてしまった。
(終)