今も残る陰婚と呼ばれる古い風習
これは、知り合いから聞いた話。
彼はかつて漢方薬の買い付けの為、中国の奥地に入り込んでいたことがあるという。
その時に何度か不思議なことを見聞きしたらしい。
「山奥の農村部には『陰婚』って呼ばれる古い風習が今でも残っているんです。
独り身の男性が亡くなった時に、やはり独り身の女性の死体を一緒に添い遂げさせて埋葬するんだとか。
埋める前には陰婚式という、ちゃんとした式も挙げるといいます。
地方の山奥では、今でも普通に行われているんだそうですよ。
私がいた山村では『冥婚』って言われてましたが、まあやってる事は同じです。
で、滞在中に変な話を耳にしまして・・・。
ある村で、独身の一人息子が死にかけていたらしいんです。
それで不憫に思った親御さんが、早々と陰婚用の死体を買ったというんです。
ええ、ちゃんとそれ用の手配師がいるみたいで。
ただ値段は張るようですね。
骸一体が農民の年収にも匹敵するのだとか」
彼は声を潜めてこう続ける。
「ここだけの話、これが今あの地方で社会問題になっているみたいで。
いくら人が多いといっても、毎回毎回そう都合よく若い女性の死体なんてまず手に入らないわけですよ、当たり前の話ですが。
だから、死体を売買する目的で殺される女性がいるのだとか。
障害者とか無戸籍の女性が狙われるとか、そんな噂も聞きました。
まあこの時の死体は、そういった不法事例ではなかったようですが。
ところがこの息子さん、危篤状態から奇跡的に回復しましてね。
自力では歩けなかったみたいですけど、小康状態にまでなったんです。
それで、親御さんは不要になった死体を転売する計画を立てたそうで。
その話がまとまった次の日、息子さんが床から姿を消したんですよ。
保管していた死体も失くなっている。
村中総出で探したところ、墓地の外れに掘り返された跡が見つかって。
掘り返してみると、行方不明の息子さんと死体が仲良く並んで埋まっていたそうで。
もっとも、息子さんの顔は醜く歪んでいたという話ですが。
色男だったから死んだ女性に一目惚れされたんだろうって皆が言ってました」
牡丹灯籠みたいですね。
そう私が感想を述べると、彼は「そうですね」と苦笑した。
※牡丹灯籠(ぼたんどうろう)|参考
明治の三遊亭圓朝25歳の時の作品。落語の怪談噺。現代では「四谷怪談」や「皿屋敷」と並び日本三大怪談と称せられるが、広く知られる『お露の亡霊に取り憑かれた新三郎の悲劇』は、本来の長編から前半の中心部分を切り取って仕立て直した短編にあたる。(Wikipediaより)
(終)