鏡を家の中に置いてから
これは、かなり前に下宿していた場所での話。
そこは古い家屋で、鏡の付いた洗面台がなかった。
ある日の夜、『鏡』を家の中に置いた。
そしたら、家の中の雰囲気が少し変わってしまった。
なんだか人の気配がする。
玄関からベットのある部屋に続く、短い廊下の辺りに。
…何かいる。
しばらくすると気配は消えた。
ただ、それからまたしばらくすると気配がする。
そしてまた消える。
こんなことが繰り返された。
気持ち悪いなと思ったが、姿のない気配だけではどうしようもない。
気が遠くなり、いつの間にか寝てしまった。
これは夢だと思う。
山を登る列車に乗っていた。
斜陽が差し込んで、他にも人が乗っているようだ。
箱根のような雰囲気がした。
理由はわからないが、私は焦っている。
「日が暮れる前に山を越えなくてはいけない。早く着け。早く着け」と。
かなりドキドキしていた。
でも、電車は一向に山を越えてくれず、しかも乗り換え途中のような場所が終点になっており、そこで降ろされてしまった。
もうだいぶ暗くなっている。
こんな中を、山なんて登るなんて冗談ではない。
仕方なく駅舎から出て、宿泊場所を探すことした。
駅の外は強羅のような感じがした。※強羅(ごうら)=箱根にある西洋スタイルの旅館を備えた丘の中腹の温泉リゾート
程よくそれらしい建物や家がある。
なぜか、少しだけ雪が積もっている。
しばらく歩くと、古民家風の民宿を見つけた。
ありがたいと思っていると、宿の人らしき人が姿を見せる。
小柄なおばあちゃんのようだ。
しかし、泊めて下さいとお願いしようとして近づいたところ、とても怖い顔になり、「おい、ここはお前の来る所じゃない。急いで帰れ!」と怒鳴られてしまった。
私は、言われるままに走った。
下りの電車にすんでのところで乗った気がする。
そこで目が覚めた。
ちょうど夕暮れの時間帯だった。
嫌な感じや気配はまだあった。
この部屋でこんなことがあったのは初めてだった。
ゾッとして、「まさか…」と思い、鏡をしまった。
鏡の面を紙で覆ってから、梱包されていた箱に入れ直し、ベットの下に置いた。
すると、部屋の空気が元に戻り、嫌な感じが消えた。
ちなみに、この鏡は量産品のものだ。
未だにあの気配や変な空気、そしてあの夢が何だったのかよくわからない。
でも私は、夢の中で会ったおばあちゃんに助けてもらったと思っている。
あとがき
人の気配は“複数の人が入れ替わり”という感じだった。
玄関に入ってすぐが風呂場だったので、余計に怖く感じた。
よくわからないが、霊の通り道という感じも。
もしかすると、私は無意識に霊道を作ってしまったのかもしれない。
ただ、もし何かの流れを変えただけだったなら、それ以前にも何かありそうなのだが…。
ちなみに、この鏡は怖くて数年間捨てられなかったが、その後になんとか廃棄できた。
夢での電車の中も、なんだか変な雰囲気だった。
どこか別の世界に連れて行かれそうな感じがしたから。
死後の世界との境目になっているものといえば川というイメージが強いが、電車もまた死後の世界へと繋がっているとよく耳にする。
とにかく、夢の中のおばあちゃんには本当に感謝しかない。
やはり、鏡によって何かの流れが変わった、という結論が自然なのだろう。
(終)