朝鮮の墓を見たことがあるか?
これは、石じじいの話です。
日本での墓は、寺の周辺や、畑や田んぼの近くなど、里に近いところにあるのが一般的でしょう。
じじいが住んでいた当時(戦前)の朝鮮では、墓の多くは里から離れた山の中にあったそうです。
ある日のこと、仕事で山道を下りている時に、ある墓に行き当たったそうです。
山中の墓など別に珍しくはないので通り過ぎようとすると、その山道を朝鮮人の親子が登って来ました。
じじいは、朝鮮語で彼らに話しかけてみました。
その父親と思しき男性と少し世間話をして、その周辺の地理について尋ねたりもしたそうです。
そうして話が一段落すると、男性は微笑みながら「あなたは日本人ですね?」と言ってきたそうです。
じじい「わかるか?」
男性「わかる。発音がちょっとおかしい。しかし、あなたの朝鮮語は大したものだ。最初は平壌の方の街の人かと思った」
別に敵対心を露わにするわけでもなく、その男性は上手な日本語を喋り、また息子だという男の子も流暢な日本語を話したそうです。
男性「これから山を下ると夕方になるから、山を下りた家(彼らの自宅)に良ければ泊まれば良いし、遠慮することはない。
今日は死んだ父親の墓参りに来たのだが、用事を済ませてすぐ帰るから一緒に山を下りよう。ちょっとだけ待ってくれ」
そして男性はじじいに、「朝鮮の墓を見たことがあるか?」と聞いてきました。
じじいは「まあ、ある」と答えたのですが、男性は「詳しく見せてあげよう」と言って、じじいに促しました。
促されたじじいは、そうして一緒に墓に行ったそうです。
墓には窓があり、そこから中を、すなわち埋葬された遺体を見ることができるようになっていたそうです。
当時の朝鮮では土葬でしたから、埋葬が最近ならばその遺体の骨を見ることになるのです。
男性はじじいに遺体を見るようにと勧めたりはしなかったのですが、その仕組みを説明してくれたそうです。
ただその直後、その窓を開けて中を覗き込んでいた男性は急に驚いた表情になり、顔が曇りました。
じじいが「どうかしたのか?」と尋ねると、男性は「これは良くない…」と言って狼狽し始めたそうです。
どういうことなのか、男性は詳しく説明してくれました。
男性「遺体は骨になっているが、その骨の色が真っ黒だ。骨が真っ黒になるのは、供養が良くなかったからなんだ。たぶん、墓の場所の選定に間違いがあったに違いない」
そう言って、じじいにもその中を見せてくれたそうです。
残っている骨は真っ黒でした。
男性は親戚たちと相談しなければならないと言って、供物を供えてじじいと急ぎ足で山を下りたそうです。
家に帰り、男性は息子や他の家族の者たちをあちこちにやり、人が来て、色々と騒がしくなってきました。
呪い師のような人物も来て、今後の相談をしているようだったと。
じじいはその様子を見て、その日の宿を遠慮しようと申し出ましたが、それは問題ないからと、男性は引き止めました。
一族会議のような騒ぎが一段落すると、家の主人でもあるその男性はじじいに無作法を詫(わ)びて、その件についても説明してくれたそうです。
男性「ここらでは人が死んだら、その遺体を焼かずに“呪い師”に頼んで良い位置を選定してもらい、そこに墓を立てて埋葬する。
これは一時的な埋葬で、そこで遺体が骨になってしまうのを待つ。
そして、完全に骨になってしまってから、その骨を集めて壺に入れてあらためて埋葬する。骨になったかどうかを定期的に確認して、その時に骨の色を調べる。
遺体の骨の色が黄色みを帯びた白色になっているのが最良であり、死んだ人が成仏している証拠だ。(埋葬方法は別に仏教ではありませんが、じじいは『成仏』と表現したようです)
しかし、骨が黒色になるのは、その埋葬場所が間違っていたからであり、不吉なんだ。別の良い場所を見つけて改葬しなければならない」
翌日、じじいはその家をあとにしましたが、弁当を作って持たせてくれたそうです。
じじい「あれからあの人らは上手にええ墓を立てさったろうかのう。日本でも『墓相』いうもんを気にする人もおんなはるが、まあ、そういうもんやろうかなあ」※墓相(ぼそう)=家相のように、お墓の向きや形などが家庭円満や運気向上、健康長寿、子孫繁栄などに影響を及ぼすという考えを持つ占いの一種。
その墓の詳細な構造はわかりません。
朝鮮で人の病気や生死に呪い師が関わってくることについては、じじいがいくつかの例えを話してくれました。
(終)