夜はうるさいかもしれません
これは、親から聞いた話。
親が新婚の頃なので、30~40年前のことだと思います。
東北のとある観光地へ行った両親は、下に川が流れる景色の良い温泉宿に泊まったそうです。
ただ、景色が良いと言っても、宿に着いたのは夜7時過ぎ。
川側の部屋を予約していたので、翌日の景色をとても楽しみにしていました。
しかし、チェックインを済ませようとフロントで手続きをしていると、なにやら係の人の態度がおかしいのです。
顔は笑顔だけど、どこか怯えているような様子で、「昨日の雨で少し増水していて夜はうるさいかもしれません」と言うと、部屋を替える提案をしてきました。
歯切れ悪く伝える従業員に両親は変だなとは思いつつ、「気にしませんから」と部屋を替えずに案内してもらったそうです。
何はともあれ、折角の旅行だからと深くは気にせず、母は夕食の後にお風呂へ向かったそうです。
しかし、やはり何か変なのです。
両親たち以外に10台近く他県の車が停まっていたにもかかわらず、誰一人として見かけません。
廊下でもお風呂でも。
それに、お客さんだけでなく従業員すら館内ですれ違わないのです。
さすがに少し気味が悪いと思いながら、湯船に浸かった時でした。
「キャハハハ」
突然、女の子の笑い声のようなものが大浴場内に響き渡りました。
さっきまで人の気配すらなかったのに。
他のお客さんかな?と思って振り返ってみますが、誰もいません。
母は気味が悪くなり、お風呂から急いで上がって部屋に戻りました。
父は「酔っているんじゃないか?」と笑い、その場は収まりましたが、今思えばこれが全ての始まりでした。
次に父がお風呂へ向かいました。
やはり人っ子一人いません。
それどころか、お風呂では積んであった桶が突然崩れたり、浴場のランプが切れたりと、おかしなことが続けて起きました。
父は偶然と自分に言い聞かせたものの、母のこともあったので急いで部屋に戻りました。
さすがに気味が悪すぎました。
「明日、日が昇ったらすぐにチェックアウトしよう」
両親はそう話し合い、ただ夜中に何かあったら…と思って部屋の明かりをつけたままで床に就きました。
ところが、しばらくして急に明かりが消え、パキッ!バンッ!キィキィと色んな音が部屋中に響きました。
そして嘘のような話なのですが、まるで地震が起きているかの如く、部屋の備品が揺れ始めたのです。
「地震か?」
そう思ったのですが、自分たちには体感がなく、館内も慌てる様子もありません。
完全に恐れおののいてしまって呆然としましたが、逆にテンプレ通りとも言えるポルターガイスト現象にどこか可笑しくもなり、急いで着替えて荷物を詰め込み、フロントに駆け込みました。
フロントの人に今までの出来事を伝えたところ、やはりか…というような暗い顔になり、奥からさらに暗い様子の女将らしき人物を呼んできました。
女将は、御代は結構、近くのモーテルなら今の時間でも空いていると伝えると、そのまま引っ込んでしまいました。
その態度に少し憤慨しながらも、駐車場に出た時でした。
数時間前まで停まっていた他の客の車が1台もありません。
みんな同じ目に遭ったかどうかはわかりませんが、紹介されたモーテルには先の旅館に停まっていたナンバーを数台見かけたので、おそらくはそうなのでしょう。
数年後、両親は件とは別の宿を取って同じ観光地へ行きました。
知人の紹介で取った宿だったので何もなかったのですが、ふとあの温泉宿が気になって向かいました。
あの宿は廃業されていました。
建物は壊され、そこには川だけが流れていましたが、母はその川のほとりに花が供えてあったのを見つけ、その時に泊まっていた宿の人にそれとなく聞いてみました。
するとそこの女将曰わく、その川では昔から多数件の自殺があったらしく、『かの宿は出ることで知られていた』とのことでした。
両親ともに、まるで創作のような陳腐な恐怖体験だと笑っていますが、同時に最も恐ろしい体験だったそうです。
(終)
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