身に着けるだけで体調がおかしくなる

革ジャケット

 

これは、古着収集が趣味の俺が”いわくつきのモノ”を手にしてしまった時の話。

 

「最近さぁ、なんか顔色悪くない?」

 

最初に引っかかったのは、恋人からの一言である。

 

彼女は日頃から、日に日に個性的になってゆく俺の古着コーディネートを断固否定していた。

 

だが次第に、文句も言わず心配ばかりしてくるようになっていった。

 

というのも、時期は冬、厳重に厚着していたのにもかかわらず、俺は一週間ほど原因不明の寒気と頭痛に悩まされていたのである。

 

「そんなボロい服を着てるからじゃないの?」

 

「うるせっ!このおフランス製ヴィンテージジャケット様にケチをつけるか!?」

 

確かにボロい服だった。

 

本革製といえども、その表面は古めかしく変色し、数センチほどの無数の縫い跡が見受けられた。

 

良くいえば風格のある雰囲気を醸し出している一品であり、古着マニアならばわかってくれると思うが、傷モノではあるものの、十数万という大枚をはたいて購入した。

 

そして購入以来、ほぼ毎日のように着込んでいた。

 

完全に自己満足の世界である。

 

「何かアヤシイ物質でも滲み込んでてさ、それのせいで病気にでもなってんじゃん」

 

理学部大学生としての性だろうか、訳のわからない理屈をこねる彼女。

 

それでも心配になった俺は、たった一抹の不安でも拭い去っておこうと思い、問題の服をクリーニングに出した。

 

といっても、俺の家は祖父が自営業でクリーニング屋を営んでいる。

 

「忙しいところゴメン!じいちゃん、これ洗って!」

 

「お前、まぁたボロ服買ってきたんけ?」

 

呆れつつ、汗まみれの作業着姿の爺ちゃんはジャケットを受け取り、洗濯機に投げ込んで洗剤を投入した。

 

しかし数時間後、仕上がった服を見た俺は愕然とした。

 

糸がほつれたらしく、縫い跡が全て開いてしまっていた。

 

「じいちゃ~ん!こういうのマジ勘弁やわ」

 

「イヤ、その傷部分の縫い糸なんやけどなぁ…」

 

ちょっと様子のおかしいじいちゃんが差し出してきた糸を見る。

 

髪の毛なのか、糸ではない。

 

栗色の長髪のようである。

 

「これも見てみ」

 

じいちゃんがフタを開けて見せた洗濯機の内部は、茶色いサビのようなもので汚れきっていた。

 

所々に洗浄中にほつれたと思われる縫い糸ならぬ縫い髪が、千切れて散乱していた。

 

戦争を経験してきたじいちゃん曰く、サビのような物質は乾いた血液のそれとよく似ているという。

 

さらに、縫ってあった部分は刺し傷に似ているとも。

 

しかし当時は救いようのないアホだった俺、十数万の出費をムダにするまいと、傷を補修して着続けた。

 

汚れが落ちたからか呪いが解けたからかわからないが、それ以来、体調不良は起こらなかった。

 

その後も懲りずに古着を買い漁っている俺だが、やはり身に着けるだけで露骨に体調がおかしくなる服には稀に出会うことがある

 

調べてみると、ジーンズのポケットに薬の包み紙らしきものが入っていたり、パーカーのポケットから火薬のような刺激臭の粉が出てきたり、ブルゾンの中綿から鋭利な木片が飛び出してきたり。

 

そういった服は決まって高級品である。

 

おそらく、いわくつきであっても捨てられることなく高値で転売されてきたのであろう。

 

余談だが、俺はあっさりと彼女に捨てられた。

 

呪いのせいかどうかはわからない。

 

まあ何にしろ、お洋服はこまめに洗濯しましょうね、皆さん。

 

(終)

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