雪山で身動きが取れなくなったその時
これは、父から聞いた話。
父が昔、雪深い山の現場でバイトをしていた時のこと。
そこには妻子をおいて季節労働に来ている男性がいて、皆から頼られるリーダーとして現場を仕切っていた。(以下、山内さん・仮名)
そんなある日、現場に入ったばかりの若造二人が、猛吹雪の中を調子に乗って飲みに行ってしまった。
案の定、いつまで経っても帰って来ない。
一軒しかない麓の飲み屋に電話したところ、とうに店を出たと言う。
リーダーの山内さんは治まらない吹雪の中、若造どもを探しに出かけた。
もし作業開始時刻になるまでに戻らなければ警察に連絡するよう、残った人間に伝えて。
視界はゼロ。
息が出来ないほどの吹雪の中、必死で車を運転し、若造どもの姿を探す。
しかし、深い雪にタイヤが埋まり、身動きが取れなくなってしまった。
外に出て脱出を試みるものの、車は全く動かず。
途方に暮れていたところ、大型のトラックがやってきた。
古い作業着にスキー帽を被った体格のいい男性が出てくるや、一言も喋らずにあっという間に車を引っ張り、轍(わだち)から救出した。
そしてトラックはそのまま、山内さんらの現場がある頂上へと走り去った。
そこへ、行方不明だった若造どもが現れた。
聞けば、やはり彼らも大型トラックの男性に、脱輪していたところを助けられたとか。
これは何としてもお礼を言わなくてはと、揃って男性が向かった現場に戻ったが、男性とトラックはどこにも見当たらない。
一本道なのに何故?
麓に戻ったのならすれ違うはず?
訝(いぶか)る山内さんの元に、奥さんから電話があった。
「死んだお父さんがあなたのことを心配している夢を見た。ニュースでそちらが酷い悪天候だと見て不安になった」と。
それを聞いた山内さんは、はたと思い出す。
義父は大型トラックのドライバーで、いつもクタクタの作業着に、娘が高校生の時に編んでプレゼントしたスキー帽を被り、無口な人だったと。
工期が終り、久しぶりに家に帰った山内さんは、義父が大好きだった煙草とワンカップを持って墓参りに行ったそう。
奥さんはお礼にと、新しいスキー帽を編んでお墓に供えたとか。
(終)