上の住人と重なる生活音 1/2
5~6年前の話になる。
一人暮らしをしていた頃、アパートの真上の住人の生活音がうるさかった。
強がりの弱虫な私は、徐々にエスカレートする生活音にイライラしていた。
歩いたり、戸を開けたり、そんな音ならお互い様と思っていたのだが、何ヶ月も時間が過ぎると「生活のリズムが似ている」ことに気が付いた。
と言っても、上の住人も社会人らしかったから、朝起きる時間や寝る時間が近いのは当たり前なのだが、風呂の時間やトイレの時間まで重なるとかなりイヤである。
しかも、結構な確率で重なる。
タイミングをあえて外したりずらしたりしていたのだが、狭いアパートで全室同じ造りだからか、動線が似てくることはあるかも知れない。
ひょっとして上の住人も同じように考えてずらしたりしていたのだとしたら、結局タイミングが重なってしまう。
裏の裏はまた裏、いや表と見せかけてまた表、くだらない動線ずらしの果てに、同じタイミングで風呂に入ったりしていた。
あえて気にするからそうなるのだと思い、努めて気にしないようにしてはいたのだが、上の住人と同じ考えだったのか、やはり重なる。
上の住人の正体
ある時、祭日振り替えの平日休みがあった。
プレステでゲームをしていたら、咳き込む音がした。
「上の住人も休みだったのか?!」とちょっと驚いた。
と言うのも、その日は休日振り替えの祭日ではなく、私の務める会社が祭日返上営業した振り替えの休日だったからだ。
つまり、同じ会社の人間だけの休みなのだ。
「いや、同じ様な休みを取った会社ならいっぱいあるだろう」と思われるかも知れない。
それが祭日の翌日、翌々日だったらありえる事だ。
一週遅れで暇な日を見つけて休日にした会社だったら、確率は下がるのではないか?
それでも、たまたま上の住人が風邪でもひいて、休んだ日が重なったんだと思えば偶然でしかない。
その時は、「珍しいこともあるもんだ」と、それしか言いようがなかった。
それから半年が経ち、めったに風邪をひかない私が寝込んだ。
結構な熱が出て、お昼にテレビを見ながらうつらうつらしていると、上の部屋からバタンッ!と戸が閉まる音がし、ドスドス歩く音がした。
目が点になった。
今日は祭日でもない金曜日。
上の住人は、お昼のこの時間に帰って来たのか?
忘れ物でも取りに帰ったのかと思っていたが、一向に出て行く気配が無い。
あれ?やっぱり帰って来たのか?
あるいは、上の住人は大学生かなにか、会社員とは違う人種なのかと。
それからまた半年ほど経った頃。
その日、朝寝坊してしまった。
仮病で「休ませて下さい」と嘘をつき、ズル休みをした。
名目上は風邪なので、おとなしくプレステでゲームをやろうとした。
アパートの住人は隣のばあさんを除いて、会社員か類するものばかりだから、何もない平日には人の気配が無い。
・・・はずだった。
なんと、上の住人が居る!
長い間、奴の生活音を苦にしていると、それが奴か奴でないかは分かる。
この時は、プレステに伸ばした手が硬直するほど驚いた。
どうやら、奴は慌てたらしい。
ガタガタやってドアを開けて走っていく音が聞こえた。
窓から見ると、スーツ姿の男が遠ざかっていく。
もしかしたら、上の住人はいつも私の目覚ましで起きていたのか?
今までの奇妙なリンクはそれかも知れない。
そう考えると合点がいくようだ。
フタを開けると他愛もないからくりだった訳だ。
そして2年が過ぎ、色々あり転職することにした。
まあ簡単に言えば、「後のことを考えず辞表を出した」のだが、後のことを考えてなかったのでしばらくは無職だった。
最初の1ヶ月ぐらいは自由を謳歌していた。
昼まで寝た。
朝までテレビを見た。
自堕落な生活を楽しんでいた。
先の予想通り、上の住人は私の目覚ましで起きていたようで、その1ヶ月は慌てて出勤する姿をよく見かけた。
しばらくすると慣れてきたのか、私が起きるのが遅いのか、慌てる奴を見かけなくなり、夜10時や11時過ぎに帰ってくるようになった。
2ヶ月を過ぎると奴の生活リズムが狂い始め、夜中の2時や3時にトイレに行く音が聞こえるようになった。
(続く)上の住人と重なる生活音 2/2