古い温泉宿で経験した心霊現象

宿

 

3年前の冬だった。

 

これまであまり幽霊を信じないできたが、一度だけおかしな経験をした。

 

当時付き合っていた彼女と、群馬県の渓谷沿いの古い温泉宿で1泊した時のこと。

 

そこは人気がなく、清潔感はあったが古い感じの宿。

 

温泉街も古く、潰れた土産店などがあり、周りは鬱蒼とした渓谷。

 

予想に反して、寂しい温泉街だった。

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すぐ近くの峠道が心霊スポットだった

宿で通された部屋は1階。

 

長廊下の奥で、他の部屋とは少し違う感じだった。

 

午後3時頃なのに薄暗く、宿内にも人はまばら。

 

部屋は渓谷に面していたが、日は十分に入らない。

 

おかしな事はその夜の11時頃、彼女と大浴場から上がった時にあった。

 

大浴場は長廊下の先にある。

 

その長廊下は大体50メートルくらいだろうか。

 

途中でくの字型に緩やかに折れ曲がっていて、自分たちの部屋からは大浴場は見えないが、 ほぼ直線的な位置にある。

 

大浴場のロビーで彼女が上がってくるのを待っていたのだが、そこがどうも薄暗い。

 

照明は消されていて、あるのは長廊下の明かりだけ。

 

ミュート状態の古いゲーム機やUFOキャッチャーが置かれていて、 そのネオンが無音の中で光っている、そんな状況。

 

なんとなく長廊下の折れ曲がったところを見ていたら、たくさんの浴衣姿の年配の団体客のような男女が、わらわらと左から右へ長廊下を横切るように階段を降りていく。

 

それを見た僕は、階下にあると教えられていた渓谷露天風呂に向かう階段を降りて行っていると思った。

 

彼女が戻り、長廊下を歩く。

 

そして、渓谷露天風呂の位置を確認しようと、 長廊下の折れ曲がったところに来て、団体客が降りて行った階段の方を見る。

 

すると、階段がない。

 

降りて行く階段どころか、団体客が降りてきたと思われる階段さえ・・・。

 

そこは何もない普通の折れ曲がった地点。

 

「えっ?あれ?」と思って混乱する僕。

 

隣にいた彼女に事情を説明すると、「左から右へではなく、奥に行った人達を見間違えたんじゃない?」と取り合ってくれない。

 

そんなはずはない。

 

僕は注意深く見ていた。

 

それに、あの姿は間違いなく、大浴場のロビーから見て左の階段から降りてきて、長廊下を横切り、 右の階段へ降りて行く姿だった。

 

ゾッとした。

 

階段どころか、人が通る道さえないじゃないか・・・。

 

部屋に戻って、そして気が付いた。

 

あの団体客に、全く”声”や”会話”がなかった事を。

 

それだけじゃない。

 

思えば、足音さえも全くなかった。

 

古い木造の宿だったから、あれだけ大人数が動けば足音が響くだろうに。

 

顔も皆一様に下を向いていた。

 

次の日の朝、「団体のお客さんは宿泊されていますか?」と受付で聞いてみた。

 

すると、「ええ、少々お待ち下さい・・・。昨日今日では、いらっしゃらないですね。いかがなされましたか?」と返事がきた。

 

見てしまったな、と思った。

 

見てしまったのには考えられる原因があった。

 

心霊好きの友人にその温泉街に行くことを伝えると、その温泉街ではないが、すぐ近くの峠道が有名な心霊スポットになっていることを僕は聞いていた。

 

その道を夜中に通ることになった。

 

というのも、その時の宿泊プランは夕食抜きだったからだ。

 

「まあ温泉街なら何かしらあるだろう」と思っていたのは全くの見当違いで、そこは寂しい温泉街。

 

夜中には何の活気もなく、飲食店などは全くなかった。

 

それで、その峠を通って市街地に出ることになったのだ。

 

食事を終えての帰り道。

 

そんな話を聞いていたものだから、彼女と「怖いねえ」という話しをしながら車で宿に戻る峠道を走る。

 

そこで、彼女が調子に乗って僕を怖がらせてくる。

 

理由はあまり覚えていないが、なぜかとても腹立たしくなった。

 

僕は人気も車通りも全くないその峠道の途中で車を急停止させ、エンジンを止め、ライトを切った。

 

驚く彼女。

 

僕も未だに、なぜあそこでああいう行動に出たのか分からない。

 

でも、とにかくそれが間違いだった。

 

「心霊スポットで冷やかしたりするのやめてくれないかな。怖いでしょ?例えばこうしたら」と、カーステも消し、真っ暗で静かになった峠道で彼女に言う。

 

彼女が完全に引いてしまっているので車を出そうとすると、「コツン、コツン」と2回、大きめの小石が車のボンネットに当たる音がした。

 

「何、今の?」と彼女。

 

怒っていた僕は、「さぁ?」と取り合わない。

 

オチがイマイチで申し訳ないが、実話なので許してほしい。

 

自宅に戻って数日、心霊好きの友人にだけこの話をすると、「ああ、間違いなく宿に連れて来ちゃったね。あるいは、もしかしたらその宿に元々居たのかも知れないけど。とにかく小石は”乗車したよ”というサインだったと思うよ」と言われた。

 

この出来事と団体客が関係あるのかは分からないが、あの団体客の姿は未だに忘れられないおかしな光景として頭に残っている。

 

(終)

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