赤いシャツの若い女性 1/2
2年前の7月頃だった。
その日、来週に迎える彼女の誕生日プレゼントを買いに、都内のある繁華街に居た。
俺はその日バイトが休みだったので、昼過ぎからうろうろとプレゼントを物色していた。
交差点の向こうに彼女が気に入りそうなアクセサリーのショップがあったなぁ・・・なんて考えながら、そのスクランブル交差点で信号待ちをしていた。
ふと反対側の歩道の同じく信号待ちをしている人々の一番右端に居る、赤いシャツの若い女性が視界に入った。
瞬間、背筋がゾワッとする感じがした。
私じゃダメ?
視界の一番端に入っただけで、直視した訳ではない。
というより、直視出来ない何かを感じた。
俺には霊感とか全く無かったが、本能的に「あれはヤバい」と感じて、信号が青に変わったと同時に俺は斜め左前方に進路を進めた。
気のせいかな?と自問自答しながら、薄気味悪かったので早くこの場所から離れようと思って早足で歩いていた。
それでも、怖いもの見たさなのか、どんな容姿なんだろ?とスケベ根性が頭をよぎり、一瞬だけ目線の先を右側に送った。
ちらっとだけしか見れなかったが、その女性らしき姿はそこにはなく、同時に今度は全身の血が逆流するような身の毛のよだつ感覚と、鳥肌がブワァと立ち、ガバッと反射的に前に向き直った。
赤いシャツの女性は目の前に居た。
セミロングの髪に、チェックのミニスカにルーズソックス。
顔立ちや服装から女子高生に間違いないだろうが、生気が全く無い表情から、『この世の者ではない』と一目で本能的に理解した。
何より、赤いと思っていたシャツは、彼女の首筋に真一文字に入った切り口から流れ出た大量の血が染めていた色だったからだ。
思わず「うっ」と呻く俺の傍らをその娘が通り過ぎる時、頭の中に直接、無数の虫の羽音に似た耳鳴りと共に、低いくぐもった女の声が響いてきた。
声ははっきりとした言葉としては認識出来なかったが、苦しみとか、怨みとか、怒りとか・・・、色々な感情が渦巻いている様な、思念みたいな感情が脳にダイレクトに響いてくる感じだった。
気が付くと交差点の途中で硬直して立ち止まっていたらしく、車のクラクションで我に返った。
「・・・何だ・・・・・・今の・・・?」
周りを振り返っても赤いシャツの女子高生は確認出来ず、白昼夢か幻を見たような、しかし全身は汗でびっしょりだった。
もうなんだかプレゼントを探す気力も失せて、その日は帰る事にした。
あの一瞬の出来事で、どっと疲労感が身体を重くしていた。
帰る道すがら、あの娘は一体何だったのか?と色々考えていた。
自殺でもしてさ迷っているのか?
首筋の傷からも、誰かに殺害された娘なのか?
若いのに無念だったろうなぁ・・・と。
なんだか無性に悲しくなり、柄にもなく心の中で手を合わせてみた。
もしかしたらそれがいけなかったのかも知れない。
夕方4時頃、ヘトヘトになりながらアパートのドアを開けた瞬間、誰かに思いっきり背中を蹴られて、躓(つまづ)きながら両手を付いて玄関に倒れ込んだ。
振り返ると、そこには誰も居なかった。
すぐさま外の共用廊下を見たが、誰も居ない。
「・・・連れて帰って来ちゃった!?」
元々霊感が無いので、交差点ですれ違って以降、何かを感じる気配は特に無かった。
単純に躓いただけか?と無理矢理自分に言い聞かせるように部屋に入った。
入ったと同時に、部屋の一角に目が行った。
机の上に飾っていた彼女との2ショットの写真が、ビリビリに破かれて机の上に散乱していた。
「連れて来たんじゃなくて・・・今、出て行った?」
虫の知らせか、何か嫌な予感がして、俺は彼女の携帯に電話した。
・・・・・・出ない。
多分これからバイトだろうから今電車の中か何かで出られないんだ、とまた自分で自分に言い聞かせている。
心臓がバクバク鳴っている。
俺はもう一度彼女に電話をかける。
が、出ない。
いてもたってもいられなくて、とりあえず彼女の安否を確認したくなり、彼女のバイト先に行ってみようと思った矢先に携帯が鳴った。
良かったぁと思って着信画面を確認すると、非通知の表示だった。
「・・・もしもし」
声はない。
代わりに電波が悪いのか、スピーカーの向こうからは雑音のようなノイズしか聞こえてこない。
「もしもし?・・・もしもし!」
何か向こうで話しているような気もするのだが、雑音が酷すぎて聞き取れない。
埒が明かないので電話を切った。
切った瞬間、違和感に気付いた。
「なんで着信音が鳴ってるんだ?」
通常、俺は非通知着信は受信拒否に設定している。
ただ拒否に設定していても、ピリリと一瞬だけ音が鳴ってしまう。
だが着信音は非通知だったにも関わらず、電話に出るまでの数秒は鳴り続けていた。
背中を冷や汗が滴るのを感じ、頭の中で何かヤバいと思っていると、また携帯が鳴った。
非通知だった。
しばらく出ようかどうしようか画面を凝視したまま固まっていたが、意を決して出ることにした。
「・・・・・・誰?」
相変わらずノイズが酷かったが、向こうの声を聞き取ろうと、受話器に当てた耳に神経を集中した。
「・・・・・・・・ワ・・・・・タ・・・・シ・・」
怖くて携帯を放り投げた。
女の声だった。
何をどう整理して考えればいいのか分からず、頭の芯がカーッと熱くなり、目眩がして倒れそうになった。
それでも、彼女の身にも何か善からぬ事が起こりそうな不安が拭えず、もう一度携帯を拾い上げ、アパートを飛び出した。
(続く)赤いシャツの若い女性 2/2