赤いシャツの若い女性 2/2
駅に着くと構内アナウンスで、「●●駅で人身事故のため運転を見合せている」との案内が流されていた。
彼女がバイト先に行くために乗り換える駅だった。
駅に向かう途中も、何度も彼女の携帯に電話をしたが応答が無い。
人身事故に遭ったのが彼女と決まった訳ではなかったが、半分泣きそうになりながら、「無事でいてくれ、人違いであってくれ」と心の底から念じていた。
その時、携帯が鳴った。
非通知だった。
息を飲んで電話に出る。
受話口の雑音も、周りの雑踏の音も耳に届かず、その声だけが頭に響いた。
「・・・・ワ・・・タ・・・シ・・・ジャ・・ダ・・メ・・?」
頭の中が真っ白になった。
得体の知れないモノに逆ナンされているのか俺は!?
とっさに、「彼女をどうした!!彼女をどうした!!」と叫んでいた。
しかし、電話はもう切れていた。
気が動転していたのか、着信履歴からその女に電話をしてもう一度文句を言ってやろうかと履歴画面を出した。
非通知の着信履歴は一件も無かった。
冷静に考えれば非通知相手にこちらから電話は出来ないのだが、着信履歴は残るはず。
だが、俺の携帯は昨日の夜から誰からも着信していないのだ。
白昼夢?
一瞬、今日一日の出来事は、全て俺が勝手に妄想した絵空事だったのか?と無理矢理に納得しかけた時、再び携帯が鳴った。
着信画面には彼女の名前が。
あまりに現実離れした今日の出来事を、この彼女の電話一つで打ち消してくれる気がして、一気に安堵して電話に出た。
しかし、電話口からは聞き覚えのない男性の声が出た。
「××警察です。○○(彼女)さんのお知り合いの方ですか?」
「・・・そうですが?」
「○○さんなんですが、実は先ほど●●駅で事故に遇われまして、現在病院に搬送しているところなんですが・・・」
警察の方の話だと、彼女は駅のホームから転落し、命に別状はないものの、頭に怪我をして意識が朦朧としているらしい。
万一のため身内の方に連絡をしようと携帯を拝借し、俺からの度重なる着信履歴に気付いて連絡をしてくれたという。
彼女とは同じ大学だったので、そこに電話をして実家の連絡先を調べてくれと伝え、彼女の搬送先の病院を聞いて電話を切った。
途端、怒りが込み上げてくる。
絶対あいつがやったのだ。
陳腐な三文小説地味ているが、嫉妬心から俺の彼女を殺して俺を奪おうとしているのだと、その時は本気で思った。
彼女の容体もすごく気になったが、それよりも先ずもう一度あいつに会ってはっきりケリを付けなければと思い、なぜだか俺はもう一度昼間の交差点に向かった。
辺りが少し暗くなりかけていたが、昼間よりも信号待ちをしている人達はさらに増え、それでも例の場所に同じように赤いシャツのそいつは居た。
怖さとか不可解さとかを超越して俺はその時は怒りに満ちていたので、こっちから詰め寄ってそいつに向かって大声で怒鳴っていた。
途中、そいつの隣に居た3人組のホストだか客引きだかが、自分達に絡んできたと思い込まれ胸ぐらを掴まれたりしたが、そいつらにも赤いシャツの異様な姿が見えたのか、誰も居ない空間に構わず怒鳴っている俺を気味悪がったのか、気が付くと居なくなっていた。
その間も赤いシャツのそいつは無表情でただ前だけを向いていただけだったが、俺が少し正気を取り戻し、そういえば昼間に手を合わせた時の事を頭の中で思い返して少し心苦しく感じた瞬間、目の前からそいつはスーゥと消えた。
そして、また非通知から着信が入った。
「・・・・・・」
無言だった。
言いたい事は全て出尽くした感があり、俺も何を言えば分からず無言でいた。
うまく説明出来ないが、別れ話を電話でしているような気まずい雰囲気というか、お互いがお互いの次の言葉を待ってるというか・・・。
相手から嫌な雰囲気が感じられなかったからそう思ったのかも知れないが。
俺は勝手に、あいつも分かってくれたんだなと解釈して、思わず「ごめんな」と口に出してしまった。
そのまま電話は切れた。
後日、彼女が入院している病院へお見舞いに行った。
思っていたよりも彼女は元気で、後頭部を十数針縫ったものの、後は軽い打撲程度で済んだ。
ホーム下に転落こそしたが、電車の到着まではまだ時間があり、駅員が緊急連絡をして最悪の難は免れた。
その後、ホームに居合わせた人達に引き上げられ、病院に運ばれたらしい。
複数の目撃者の証言から、彼女が一人でふらふらとホームから落ちる姿が目撃されており、彼女も模試の追い込みで連日徹夜続きだったらしく、落ちた瞬間の事は詳しくは憶えていないそうだ。
それよりも、ホームから心配そうに声を掛けている人達の狼狽した姿を下から見上げて見ているアングルが新鮮だったとか、彼女は嬉々としながら記憶の断片を思い返すように俺に熱く語っていた。
「なんにしろ無事で良かったよ」
「てゆーか、あたし自殺とか勘違いされちゃってんじゃないかと思うと超ハズいんだけど(笑)」
「ところでさ、あと他に何か気付いたとか変なところとかなかった?」
「ん?特にない(笑)」
俺は彼女に余計な心配を掛けたくなかったから、あの出来事については一切話さなかった。
出来れば俺一人の思い過ごしか妄想で処理したかった。
いや、あくまでそう自分に言い聞かせたかったからだ。
「あ!そう言えばあの時、変な感じの女の子がいた」
「えっ!?」
「ホームの上からサラリーマンとか男の人達が私を助けようとしてた時なんだけど、その子だけ私のこと気にもしないでシカトっぽかった」
「その子・・・どんな格好してた?」
突然、ピリリっと携帯が鳴った。
彼女に「病院では携帯の電源は切っておけ」と突っ込まれ、ゴメンゴメンと謝りながら携帯を取り出し、確認した。
非通知からだったので呼び出し音はすぐ止み、履歴にも着信が残っていた。
そう・・・もう終わったことなんだな・・・。
「で、その子の格好だっけ?」
そう言われて顔を上げた。
携帯を耳に当て、首から流した血でシャツを真っ赤に染めた彼女がニヤリと笑って俺を見ていた。
「コ・ン・ナ・カ・ン・ジ」
「マ・タ・ア・エ・タ・ネ」
俺はその場で気絶した。
(終)