ノック 1/10

僕の住む町から、

 

県境を跨いで車で四時間ほど走った

先にある小さな街。

 

数年前、

 

その街で身元の分からない

一人の男の子が保護された。

 

調べてみると、

男の子は街の人間ではなく、

 

遠く何百キロも離れた他県で

行方不明になっていた子供だった。

 

その子の証言によると、

 

数日間、見知らぬ女の家に

監禁されていたのだという。

 

実は同様の事件、

 

『他県で行方不明となった子供が

この街で見つかるという事件』

 

は、過去にも

四回ほど起こっており、

 

警察は連続児童誘拐事件とみて

捜査をしていた。

 

被害に遭ったのは全員、

小学校低学年ほどの男児。

 

けれども、

この事件が特異だったのは、

 

発見された男児たちに

特に目立った外傷も無く、

 

何かしらの危害を

加えられたわけでもない、

 

ということだった。

 

親元に身代金が要求された

様子もなかった。

 

誘拐された男の子たちが

入れられた部屋は、

 

外が見えないように窓の部分が

塗り固められていたという。

 

と言っても電灯はついており、

食事は三食きちんと与えられ、

 

部屋にはTVの他、

本やマンガ、ゲーム等もあった。

 

誘拐犯の女は顔を隠すこともせず、

連れて来た男児を本名では無く

 

『●●』

 

と同じ名前で呼んだ。

 

そして子供たちに、

自分と会話することを求めた。

 

そうして数日が経つと、

 

女は眠っている子供を車に乗せ、

街の外れで解放した。

 

警察は、被害に遭った

子供たちの証言から、

 

街に住む一人の女性を

容疑者に挙げた。

 

彼女は街外れの古民家で

一人暮らしをしていて、

 

彼女自身の子供も、

 

誘拐事件が起こるよりも以前に、

事故か事件に巻き込まれたのか、

 

行方不明の届けが出されていた。

 

失踪した息子への想いが

犯行に走らせた、

 

と警察は考えた。

 

そして警察は彼女の家を

訪れたのだが、

 

その時すでに家には、

彼女の姿は無かった。

 

古民家の中からは、

 

子供たちの監禁に使ったと思しき

部屋が見つかり、

 

その部屋の中からは、

 

『息子の元へ行きます』

 

という内容の

遺書らしき紙と共に、

 

誘拐した子供たちへの

謝罪の手紙が見つかった。

 

『●●』とは、

彼女の息子の愛称。

 

誘拐された子供たちは、

 

『怖かったけど、

女の人は優しかった』

 

と口を揃えて証言した。

 

自身も行方不明となった女性は、

 

彼女の息子と共に

未だに発見されていない。

 

その特異性から、

 

この誘拐事件は一部のメディアでも

取り上げられることになった。

 

そうして有名になった代価か、

 

事件の舞台で今や廃屋となった

古民家には、

 

夜な夜な親子の話声が

聞こえるだとか、

 

行方不明になったはずの

子供の霊が出るといった、

 

真偽の定かではない噂話が

まとわりつくことになる。

 

――――――

 

誰かが玄関のドアを叩いている。

 

閉められたカーテンの隙間をぬって、

強い陽の光が室内に差し込んでいた。

 

壁に掛けてある時計を見ると、

 

短針はアラビア数字の11を

僅かに通り過ぎている。

 

ベッドの中で目を覚ました僕は、

両腕を突き上げて伸びをする。

 

来客か、それとも

宅配便か何かだろうか。

 

コンコン、コンコンと

人を急かすようなノックだ。

 

「・・・はーい!」

 

と向こうに聞こえるよう

大声で返事をして、

 

僕は未だ名残惜しい

ベッドの海から抜け出した。

 

玄関まで行く途中で

洗面台の鏡を覗きこみ、

 

酷い寝癖が無いのを確認してから、

ロックを外しドアを開けた。

 

玄関前は無人。

 

あれ、と思い

左右を確認するも、

 

各部屋のドアが並ぶ

アパート二階の通路には、

 

人の気配は無い。

 

おかしいな、

と首を傾げる。

 

寝ぼけてあるはずのない音でも

聞いたのだろうか。

 

いずれにしても誰も居ないのだから、

しょうがないか。

 

扉を閉めて、

あふあふと欠伸などしつつ、

 

二度寝をするため

玄関に背を向けた。

 

コンコン。

 

背後で扉を叩く音がして

僕は振り向く。

 

確かに誰かがノックをしている。

 

「はいはい」

 

と返事をしつつ、再度

扉を開けた。

 

けれどそこには誰もいない。

 

閑散とした通路を見回し、

子供のイタズラかなと思う。

 

でも、僕の部屋は

アパート二階のほぼ中心にあり、

 

ドアをノックして

急いで逃げたとしても、

 

端の階段に着くまでに

背中くらいは見えそうなものなのに。

 

下から石でも投げたのだろうか

と地面を見やるも、

 

そんな痕跡も無かった。

 

しばらく、一体どうやったのだろう

と思案してみて、止めた。

 

分からないものは分からない。

そんなことより眠たくてしょうがない。

 

戻って寝よう。

僕は扉を閉めた。

 

・・・コンコン。

 

またノックの音だ。

 

どうやら、向こうはこちらの動きを

どこかで監視しているらしい。

 

こういう手合いは相手の反応自体を

楽しんでいるのだ。

 

もうドアは開けてあげません。

 

僕は居間へと戻って

夢の続きを見ることにした。

 

もぞもぞと、

布団に潜り込む。

 

コンコン・・・、

コンコン・・・、

 

コンコンコン。

 

しつこい。

 

あのドアの向こうに居るのが

誰であれ、

 

相当しつこい。

 

僕がドアを開けるまで

そうしている気だろうか。

 

やれやれと思いながら、

再度布団から這い出して、

 

足音を立てないよう

気配を殺して玄関まで向かった。

 

ドアの目の前まで来る。

ノックの音は続いている。

 

その時、

 

ようやくというか、

ふと一つの疑問が沸く。

 

(続く)ノック 2/10へ

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