ノック 6/10
S「全部じゃないかも知れんが、
名前が書いてある。
●●ってな。
ここの子供の愛称だったか」
玩具箱を覗き込むと、
確かに一つ一つの玩具に
『●●のもの』
と書かれたシールが
貼られている。
S「ここで数人、
Kが言うには四,五人だったか、
の子供たちが、
何日間か監禁されたんだったな」
玩具箱のフタを閉め、
元通りにベッドの下に戻しながら
Sが言った。
確かにその通りなんだろう
と僕は頷く。
S「おかしいだろ」
僕「どこが?」
立ち上がったSは部屋の中を
ぐるぐると色々見物しながら、
僕の方は見ずに言った。
S「ここが監禁に使った
部屋だとしたら、
一人監禁して逃がした時点で
普通バレる。
普通ならな」
それはどうだろうか。
Sの言葉に僕は首を捻る。
僕「・・・そうかな?」
S「子供は証言したんだ、
『窓の無い部屋だった』ってな。
詳しく聞けば、
警察も内側から窓を隠した
ってことが分かったはずだ。
そうして、家を外からみりゃ、
この部屋が窓を塗り固めてる
ってことは一目で分かる。
つまり、傍から見ても、
犯行現場である可能性が
大なんだよ、ここは」
窓のない部屋が存在する家。
同じ街で解放される
行方不明だった子供。
誘拐犯の女。
被害に遭った子供の証言と
これだけの要素があれば、
容疑者を特定して
逮捕に至るのは簡単だ。
とSは言う。
なのに何故か、
事件は二度目ならまだしも
三度目、四度目まで起こった。
S「たぶん警察は犯人が、
子供たちが窓の外を見て
景色を覚えるといけないから、
窓を潰したんだと。
その視点で捜査をしたんだろう。
だから捜査が遅れた。
それともう一つ、
近所の住人から、この家の情報が
警察に行かなかったのも、
同じ理由だな」
僕自身も、
この部屋の窓を潰した理由は、
子供に場所を特定させないため
だろうと思っていた。
大体、他に一体
何の理由があるというのか。
S「光線過敏症」
耳慣れない言葉が
Sの口から出て来る。
S「平たく言やあ、
紫外線を受けると、
人の何倍もの速度、深度で
日焼けする体質のことだ。
まあ、それを誘発する病気によって、
症状はいくつかあるがな。
ともかく、この部屋に
『本来』住んでいた子供は、
それだったんだろう」
僕「え・・・、や、ちょ、ちょっと待ってよ。
何でそんなことが分かるのさ」
するとSは天井を指差し、
S「白熱灯はな、光量が少ないわりに
電気代が高いんだよ」
と、よく分からないことを言った。
S「まあ、まだ他にも
色々と根拠はあるが。
別の部屋にいくつか
本があってな。
光線過敏症、
またはポルフィリン症についての
本だった。
が、一番は、
写真があったからな。
黒い頭巾を被った
子供の写真がな。
・・・ともかくだ。
この部屋の窓が潰されたのは、
誘拐事件が起こるずっと前で、
なおかつ、周りの人間も
それを知っていたんだろうな」
僕「その、
光線過敏症ってことは、
太陽の照っている時は、
外に出られないの?」
S「そうだな。
陽の光には当たらない方が
いいからな。
だから、部屋の中で
不自由なく遊べるよう、
色々買い与えたんだろ」
僕はあらためて、
この日光の差さない
部屋を見やった。
内側から潰された窓。
まだ小さな子供に過保護な程
与えられた本や玩具。
もしかすれば、
Sの言う通りなのかもしれない。
僕「・・・それが、
Sの気になったことなん?」
S「気になったことの、
一つ、だ。
でもそれは、向こうで見た
光線過敏症に関する本と、
この部屋の白熱灯で
大体、確信出来た。
問題はもう一つ、
その先の話だな」
うろうろと見物しながら
歩きまわっていたSが立ち止まり、
僕の方を見やる。
S「光線過敏症である子供がだ。
日光を避ける生活をしている子供が、
行方不明なんかになるか?
たとえ行方不明になったとしてもだ。
未だに発見に至ってないのは、
何故だ」
僕「それは・・・、
ただ単に行方不明になって、
ただ単にまだ見つかってない・・・
じゃ、駄目なん?」
S「こういった症状を持つ
子供の行動範囲が、
それほど広いとは思えない。
となれば誘拐、
ということになるが、
お前が誘拐犯だとして、
黒い頭巾を被って
顔も見えない子供を、
誘拐しようと思うか?」
僕「それは、分からないけど」
S「身代金の要求があった
わけでもなさそうだしな。
ただ単に行方不明なんだよ。
ここの女が起こした事件と同じでな」
僕「じゃあ、Sは、どう思ってんの」
S「俺は、」
Sはそこで一旦、
言葉を切った。
S「・・・俺は、その失踪した息子が、
いや、誘拐犯の女自体も、
まだ、この家に居るんじゃないか
と思っている」
誘拐犯の女とその息子が、
まだこの家の中に居る。
すぐには理解出来なかった。
噛み砕いて、その言葉の意味を
ゆっくりと脳に染み込ませる。
ようやく理解し、
最初に出てきた感想は
『そんな馬鹿な』
だった。
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