ノック 3/10

「・・・あ、もちろん、

暇だったらで良いんだけど。

 

駄目っていうなら、

電車とバスで行くし」

 

幸い途中で切られもせず、

全部話すことが出来た僕は、

 

最後にそう付け加えた。

 

S『電車とバスで行け』

 

電話が切れた。

 

だよねー、と思う。

 

存外に遠いというのは

昨日の経験から自明だし、

 

断られるのは予想していた。

 

それに何しろ、

 

どうしてもう一度そこへ行くのか、

自分でもよく分かっていないのだ。

 

本当なら、

 

何かに憑かれたようなので

お払いしてくださいと、

 

お寺に行くか、

 

もしくは、

幻聴が聞こえますと、

 

病院に駆け込むのが

正解なのだろう。

 

コンコン、と

いくらかの間を開けながら、

 

未だにノックの音は続いている。

 

けれども、

どうしても気になってしまう。

 

何故か、

気味が悪いだの、

 

鬱陶しい、煩わしいなどとは

思わなかった。

 

むしろ、原因を突き止めたい

といった好奇心、

 

もしくは使命感が

僕の中にあった。

 

立派なオカルティストである

Kほどではないが、

 

僕自身もそういう類の話には

関心の強い方だ。

 

自分が住むアパートで起こったのなら、

なおさら探究心は膨れ上がる。

 

それに、主な被害がノックの音だけ、

というのが気になっていた。

 

そのせいで危機感も薄い

のだろうけれど。

 

ノックの音が聞こえるも、

表に人は居ない。

 

その手の怪談は

聞いたことがある。

 

夜中にノックの音がして、

けれども、扉を開けても誰も居ない。

 

聞き間違いかと思い、

戻ろうと振り返ると背後に居た、

 

というヤツだ。

 

その際のノックの意味とは、

扉を開けさせることなのだろう。

 

そう言えば、

 

前に読んだ小説だけれど、

陰陽道に関する話で、

 

家とはそれ自体が家主を守る

結界のようなもので、

 

あやかしは中から招かれない限り

入ることは難しい、

 

と書いてあったことを

ふと思い出す。

 

自らドアを開けることは、

相手を受け入れるのと同意。

 

なのでその作中のあやかしは、

 

あの手この手で中の者に

扉を開けさせようとする。

 

けれども、この場合は

事情が違う。

 

僕は一度ドアを開けた。

 

なのに、ノックの音だけが

続いている。

 

嫌がらせでなければ、

それはまるで、

 

僕にこの部屋から出てきて欲しい

と言っているようだった。

 

呼ばれている、

と言えばいいのだろうか。

 

延々と扉を叩く目的が、

自らが中に入るためでは無く、

 

僕を外に連れ出すため

だとしたら。

 

あの音の主は一体、

僕に何をさせたいのだろう。

 

考えた結果が、

あの昨日訪れた古民家だった。

 

ここ数日の内に原因があるとすれば、

あの場所しか思い当たるふしはない。

 

ベッドから立ち上がり、

 

しかし自分って本当に行き当たりばったりで

無計画な人間だなあ、

 

などと内心思いながら、

出掛けるための身支度をする。

 

シャワーを浴びて出て来ると、

携帯が一軒のメールを受信していた。

 

Sからだった。

 

————————————————-

【件名】

さっきの件について。

 

【本文】

昨日の分と合わせてガソリン代を出すなら、

考えなくもない。

————————————————-

 

全くSらしいというか。

 

僕は少し笑って、

『おいくら?』と返信した。

 

走行中の車の窓から

外の景色を見やる。

 

前方から後方へ。

 

車に近いものほど早く、

遠いものほどゆっくりと。

 

約半日前にも通った道なのだけれど、

状況は違う。

 

あの時は陽が昇る前だったので

辺りは暗く、

 

車酔いのため後部座席で死体のように

寝転がっていたKも今はいない。

 

運転席の方から欠伸が聞こえて、

僕は窓の外から視線をそちらに移す。

 

ハンドルを握るSは、

先程から非常に眠たそうだ。

 

居眠り運転で事故されても困るので、

何か話しかけることにする。

 

「あんさあ、Kが昨日話してくれたこと。

覚えてる?」

 

S「・・・誘拐事件の話か?

ああ、大体はな」

 

数年前。

 

僕らが高校生の時に起こった

連続児童誘拐事件。

 

僕は覚えていなかったけれど、

そこそこ世間を賑わしたらしい。

 

真夜中。

 

その事件現場である古民家の庭先で、

Kは僕とSを前に、

 

誘拐事件発生に至る経緯から、

警察の捜査状況、

 

どこで仕入れたんだというような情報まで

熱く語ってくれた。

 

「冗談半分に聞いてくれれば

いいけど。もしかしてさ。

 

昨日、あんな話をKがしたから、

僕の家にやって来たんじゃないか、

 

って思うんよね」

 

S「何が」

 

「さっきも言った、ノックの主」

 

Sが欠伸をする。

 

眠たいのか、

馬鹿にされているのか。

 

「いや、でも、そんなことのために

わざわざ悪いね。二度も。

 

遠いのにさ」

 

S「ああ、全くだな」

 

Sは心底面倒くさそうに言った。

 

だったらあんなメール

寄こさなきゃいいのに、と思う。

 

ちなみに、

 

ガソリン代として要求されたのは

4480円だった。

 

十円単位で要求してくるとは、

 

ちゃんと残量を測って

計算したのだろう。

 

キッチリしてるというか、

何というか。

 

(続く)ノック 4/10へ

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