ノック 5/10

「ん」と一声、力を込める。

 

どうやら、

襖を外す時のように、

 

二枚の戸を同時に

持ち上げようとしているらしい。

 

鍵が掛かっているなら

扉ごと外してしまえ、

 

という作戦だ。

 

そんな安易な力技で

大丈夫なのだろうか、

 

と僕が思った瞬間だった。

 

派手な音がして、

二枚戸が玄関の奥へと倒れる。

 

扉が外れた。

 

唖然としている僕を尻目に、

 

Sは外した二枚戸を引きずって

玄関の端に寄せると、

 

S「二枚戸で、

立てつけの悪い家なら、

 

こういう侵入方法もある。

 

まあ、窓を割るのが

一番手っ取り早いが、

 

不法侵入に器物破損が

加わるのもアレだしな」

 

と何気もなく言った。

 

何でそんなこと知ってんだと

正直思ったけれど、

 

聞かないことにした。

 

戸の無くなった玄関から

家の中を覗く。

 

すぐそこは、四畳半ほどの

板の間だった。

 

一本の紐を渦巻状に敷き詰めたような

丸いカーペットが、

 

無造作に敷かれている。

 

正面と左右にそれぞれ戸があり、

各部屋へと繋がっているのだろう。

 

S「とっとと行って来い。

人が来ないか見ててやるからよ」

 

Sの声に背中を押される形で、

僕はその一歩を踏み出した。

 

「おじゃましまーす・・・」

 

玄関で靴を脱ぎ、

僕は一人、中に入る。

 

玄関の方からしか陽の光が

届いていないせいか、

 

意外と薄暗い。

 

埃が舞っているらしく、

鼻孔が少しムズムズした。

 

しばらくじっと耳を済ます。

 

けれども何も聞こえてこなかった。

あのノックの音もない。

 

何故だろう。

自分で探せと言いたいのだろうか。

 

ふと、家の西側の部屋が、

 

誘拐事件の際に子供たちの監禁に

使われた部屋だということを思い出す。

 

昨日、鍵の有無と共に

確認した事柄だ。

 

内側から窓を塗り固めた部屋。

 

そこへ行こうと、

僕は左手の戸を開いた。

 

まっすぐな廊下が伸びてあって、

三つほど扉がある。

 

手前のドアから順に開けて

確かめていく。

 

物置。

 

次いで客間だろうか、

空の部屋。

 

そうして残ったのは、

一番奥の部屋。

 

ドアノブに手をかけ、

ゆっくりと開ける。

 

一瞬、ドアの隙間から暗闇が

飛び出してきたような錯覚を覚えた。

 

暗い。

 

辛うじて、

 

開いたドアから差しこむ光が、

室内を僅かに照らしている。

 

誘拐された子供たちは、

 

ここで監禁生活のほとんどを

過ごしたのだ。

 

部屋の中、

ドア近くの壁に、

 

明かりのスイッチらしきものが

あったので押してみる。

 

途端に温かみのある

柔らかな光が室内に満ち、

 

見えなかった部屋の様子が

照らし出された。

 

どうやら、電気は未だ

送られているようだ。

 

そうして僕はハッとする。

 

電気をつけてしまって

良かったんだろうか。

 

まあしかし、

 

やってしまったものは

仕方が無い。

 

部屋の入り口から見て、

左手には大きなベッドと、

 

天井に届くかという程の高さで、

 

マンガ本や図鑑などが

びっしり収まっている本棚。

 

右奥にはいくつかのゲーム機器が

並ぶ納棚があり、

 

その上に、

 

当時としては最新型だっただろう

薄型テレビが置かれている。

 

壁の方を見やると、

クレヨンだろうか、

 

全身真っ黒な人間を書いた

落書きがあった。

 

子供が書いたものじゃないかと

推測する。

 

その落書きの上、

窓があると思われる部分が、

 

周りの壁と同じ色の

薄い板で覆われていた。

 

窓がないという一点を除けば、

 

ここで過ごすのに不便など何も無い、

快適な子供部屋と言えた。

 

天井には、

 

電球に白い傘を被せただけの

簡素な照明がぶら下がっている。

 

S「白熱灯だな」

 

いきなり背後から声。

 

比喩でなく心臓が

弾け飛び散るかと思った。

 

振り向くと、いつの間にか

Sが背後に立っていて、

 

僕の肩越しに

室内を覗きこんでいた。

 

「あー、びっくりした・・・

足音くらい立ててよ」

 

S「勝手に入った

見も知らぬ人の家でか?

 

馬鹿言うなよお前」

 

まるで正しいことのように聞こえるけれど、

それはどうなのだろう。

 

「・・・見張ってるんじゃなかったん?」

 

S「飽きたんだよ。

 

・・・それにKの話をよくよく

思い出してみりゃ、

 

気になることが

いくつかあったしな」

 

入口付近に立っていた僕の肩を

ちょいと押し脇にどけると、

 

Sは室内の丁度真ん中で

ぐるりと周囲を見回した。

 

S「お前は、どう思う?」

 

突然のSの質問に、

 

僕は「え、何が?」

としか返せなかった。

 

S「何がも何も、この部屋だ。

気にならないか?」

 

言いながらSはおもむろに、

ベッドの下から何か箱を引き出してくる。

 

「失礼」と言って

Sが箱のフタを開けると、

 

中には様々な種類の玩具が

詰め込まれてあった。

 

S「あれもこれも、

小さな子供の身分にしちゃ、

 

少し贅沢過ぎるんじゃないか?

 

まあ、一人っ子なんて

大体こんなものかも知れんが。

 

やっぱり、ちと

過保護の気があるな」

 

Sが何を言いたいのか分からない。

 

まさか、自分の子供時代と比較して

拗ねているのだろうか。

 

「誘拐して来た子供のために

買いそろえたんじゃない?」

 

と僕が言うと、

Sは首を振った。

 

(続く)ノック 6/10へ

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