呪う女 5/18

それから三日後。

 

その日は珍しく、

内藤と佐々木と俺と慎の四人で

一緒に下校した。

 

内藤は体がデカく、

佐々木はチビ。

 

実写版のジャイアンとスネオみたいな奴ら。

 

もう俺と慎の中で、『中年女』の事は

風化しつつあった。

 

学校で噂の『トレンチコート女』が

実在したとしても、全くの別人と

思えてきていた。

 

その日は、四人で駅前に

ガチャガチャをしに行こうと言う話になり、

いつもと違う道を歩いていた。

 

楽しく四人で話しながら歩いていると、

 

佐々木が、

「あ、あれ、

トレンチコート女ぢゃね?」

 

内藤が、

「うわっ!ホンマや!きもっ!」

と言い出した。

 

俺はトレンチコート女を見てみた。

心の中で別人であってくれ!と願った。

 

トレンチコート女は

スーパーの袋を片手に持ち、

まだ残暑の残るアスファルトの道で、

ただ突っ立っていた。

 

うつむいて表情は全く分からない。

 

慎は警戒しているのか、

小声で俺達に「目、合わせるなよ!」

と言ってきた。

 

少しずつ、女との距離が縮まっていく。

 

緊張が走った。

 

女は微動たりせず、

ただうつむいていた。

 

女との距離が5メートル程になったとき、

女は突然顔を上げ、俺達四人の顔を

見つめてきた。

 

そしてその次に、俺達の胸元に

目線を送ってきているのが分かった。

 

!!!

 

名札を確認している。

 

俺は焦った。

平常心を保つのに必死だった。

 

一瞬見た顔で、

あの日の出来事がフラッシュバックし、

心臓が口から出そうになった。

 

間違いない。『中年女』だ!

 

俺はうつむきながら歩き過ぎた。

俺はいつ襲いかかられるかとビクビクした。

 

どれくらい時が過ぎただろう。

いや、ほんの数秒が永遠に感じた。

 

内藤が、

「あの目見たけ?

あれ完全にイッテるぜ!」

と笑った。

 

佐々木も、

「この糞暑いのにあの格好!ぷっ!」

と馬鹿にしていた。

 

俺と慎は笑えなかった。

佐々木が続けて言った。

 

「やべ!聞こえたかな?

まだ見てやがる!」

 

俺はとっさに振り返った。

『中年女』と目が合った・・・

 

まるで蝋人形のような無表情な

『中年女』の顔が、ニヤっと、

凄くイヤらしい微笑みに変わった。

 

背筋が凍るとはこの事か・・・

 

俺は生まれて初めて、恐怖によって

少し小便が出た。

 

バレたのか?

俺の顔を思い出したのか?

バレたなら何故襲って来ないのか?

 

俺の頭は、ひたすらその事だけが

グルグル巡っていた。

 

内藤が、

「うわーっ、まだこっち見てるぜ!

佐々木!お前の言った悪口聞かれたぜ!

俺知らねーっ!」

っとおどけていた。

 

もう、ガチャガチャどころではない。

 

曲がり角を曲がり、女が見えなくなった所で、

俺は慎の腕を掴み「帰ろう!」と言った。

 

慎は俺の目をしばらく見つめて、

「あ、今日塾だっけ?帰らなやばいな!」

と俺に合わせ、俺達は走った。

 

家とは逆の方向に走り、

しばらくして俺は慎に、

 

「アイツや!あの目、間違いない!

俺らを探しに来たんや!」

 

慎は意外と冷静に、

「マジマジと名札見てたもんな・・・

学年とクラス、淳の巾着でバレてるし・・・」

 

俺はそんな落ち着いた慎に腹がたち、

 

「どーすんだよ!もう逃げ切れネーよ!

家とかそのうちバレっぞ!!」

 

「やっぱ警察に言おう。このままはアカン。

助けてもらお」

 

「・・・」

俺はしばらく黙っていた。

 

たしかに、他に助かる手は無いかもしれない、

と思った。

 

「でも、警察に何て言う?」

と俺が問うと慎は、

 

「山だよ。あの山に打ち付けられた写真とか、

ハッピー、タッチの死体。

 

あれを写真に撮って、あの女が

変質者って言う証拠を見せれば、

警察があの女を捕まえてくれるはずや!」

 

俺は納得した。

 

もうあの山に行くのは嫌だったが、

仕方が無かった。

 

さっそく明日の放課後、裏山に

二人で行く事になった。

 

明日の放課後、裏山に行く。

 

その話がまとまり、

俺達は家に帰ろうとしたが、

 

『中年女』が何処に潜伏しているか

分からない為、俺達は恐ろしく遠回りした。

 

通常なら20分で帰れるところを、

二時間かけて帰った。

 

家に着いて、俺はすぐに慎に電話した。

 

「家とかバレてないかな?

今夜来たらどーしよ!」

 

などなど。

 

俺は自分がこれほどチキンとは

思わなかった。

 

名前がバレ、小屋に『淳呪殺』と彫られた淳が、

精神的に病んでいるのが理解できた。

 

慎は、

『大丈夫、そんなすぐにバレないよ!』

と俺に言ってくれた。

 

この時、俺は思った。

 

普段対等に話しているつもりだったが、

慎はまるで俺の兄のような存在だと。

 

もちろん、その日の夜は眠れなかった。

 

わずかな物音に脅え、目を閉じれば、

あのニヤッと笑う中年女の顔が、

まぶたの裏に焼き付いていた。

 

朝がきて学校に行き、授業を受け、

放課後の午後3時半。

 

俺と慎は、裏山の入口まで来たが、

俺は山に入るのを躊躇した。

 

『中年女』

『変わり果てたハッピーとタッチ』

『無数の釘』

 

頭の中をグルグルと、

鮮やかに『あの夜の出来事』が甦ってくる。

 

俺は慎の様子を伺った。

 

慎は黙って山を見つめていた。

慎も恐いのだろう。

 

やっぱ入るの恐いな・・・と言ってくれ!

と俺は内心願っていた。

 

(続く)呪う女 6/18へ

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