もち巾着が足りないけど誰か食べた?
ボクが小学生の頃の事だ。
ボクは、冬になると何日も続く晩御飯のおでんが好きじゃなかった。
家族は両親と妹、それにお婆ちゃん。
何日も同じおかずに飽き飽きしていたのはボクだけじゃなかったかもしれない。
ある日、おでんを取り分けてくれた母が、「もち巾着が足りないけど誰か食べた?」と言った。
おでんに飽きているボク達だったけれど、ボクの家族はみんなもち巾着が大好きだ。
もち巾着を食べていたのは誰?
おでん続きの食卓で、唯一のオアシスがもち巾着だった。
そのもち巾着が足りない。
普段は誰もが1個ずつ食べられるように、おでんが続いても一人に一つのもち巾着だけは追加されていたのにそれが無い。
当時ボクの狭い世界で、それは大事件だった。
次の日も、もち巾着が一つ足りなかった。
その次の日もだ。
それから暫く経ったある日、台所で晩御飯の準備をしていた母が大根をぶった切りしている後ろで、ボクは「またおでんが来たな」と思った。
ふと、もち巾着が無くなる事件を思い出したボクは、母が入れるもち巾着の数を数えた。
5個ある。
間違いない。
だけど晩御飯の時間になると、もち巾着は一つ足りなかった。
次の日、ボクは母がもち巾着を追加する時、「明日の分も1個入れて6個にしてみてよ」と言った。
母は何を思ったのか思案顔で鍋を見つめた後、ボクが言う通りもち巾着を6個入れた。
そして晩御飯の時、もち巾着は一人に一つずつ配られ、余りもしないし足りなくもなかった。
その日の晩御飯は何の事件もなくいつも通りだったけれど、母はどこか「ふふん」という表情だったのを覚えている。
次の日、またおでんが続くんだけれど、母は一人一つのもち巾着を取り分けた後、「辛いのがあったらお母さんのと換えてあげるから、いっぺんに食べたらダメだよ」と言った。
当たりは父のもち巾着だった。
父のもち巾着からは、何か真っ赤な物が出てきていた。
唐辛子だった。
次の日も母は同じ事を言ったけれど、誰にも当たりのもち巾着は無かった。
その次の日も。
そして、それきりもち巾着が無くなる事はなかった。
ボクは母が入れる唐辛子もち巾着がどうしても食べてみたくなって、一度試してみたけれど悶絶した。
普通の一味じゃない。
唐辛子もち巾着を平気で食べられるのは母だけだった。
あれから、家族で食べるおでんには必ず唐辛子もち巾着が入っていると母は隠し味を自慢する。
2回も続けて辛い当たりを引いたのは、もちが大好きだった爺ちゃんかなって今思う。
(終)
1回で懲りなよじいちゃん…仏壇にもちお供えしてあげて(T_T)