幽霊になっても真面目すぎる奴

登山靴

 

姉の旦那さんから、こんな不思議な話を聞いた。

 

ちなみに、旦那さんは今42歳。

 

/ ここから旦那さんの話 /

高校生の頃、山岳部に入ったんだけど、入部してすぐに高価な登山靴を買ったんだ。

 

セミオーダーの、かなりしっかりしたやつで、当時5万円ぐらい出したかな。

 

もう25年も前の話だけどね。

 

でも予想外に顧問が結構厳しくて、毎日筋トレをやらされるし、上下関係も異常に厳しい封建的な雰囲気の運動部で、早々に退部することにしたんだ。

 

なんとも情けない話だが。

 

その時はもう、二度と山登りはしないだろうと思っていたし、まあ、金持ちのお坊ちゃまだったからね(笑)。

 

で、良く言えば惜しみなく物をあげる性格だったから、新品同様の靴はクラスメートの真面目な奴にあげることにしたんだ。

 

幸い、サイズはピッタリだったし。

 

彼はとても喜んでくれて、“一生忘れない”って言ってくれた。

 

それに彼は恐縮して、高価な物なので貰うんじゃなく“借りる形にしたい”って言ってた気がする。

 

その辺はよく覚えてないけどね。

 

ただ自分は、「もう俺には必要のない靴だからさ、君が履いてくれれば靴も喜ぶよ」と、言ったことはよく憶えてる。

 

自分に酔っていたんだろうな(笑)。

 

彼はその後、大学に進学してからも、就職してからも、ずっと山を続けていた。

 

律儀な奴で、毎年年賀状をくれて、「今夏は穂高に行った。この冬は北岳に…」と頻繁に連絡をくれたが、いつからかそれが途絶えてしまって。

 

俺も返事を出さなかったし、結婚して転居したので、それほど気にも留めなかった。

 

でも、やがて彼が亡くなったという噂を聞いたんだ。

 

38歳の時だった。

 

深い付き合いはなかったけど、いわば要らない靴を引き取ってもらったことがある、程度の仲だったし。

 

若いうちに癌で亡くなるのは悲しいなと思ったが、それ以上の感慨は湧かなかった。

 

年賀状が来なくなっていたのも、実は彼が亡くなったことを知って初めて気づいたぐらいだし。

 

で、彼のことはそれっきり忘れてた。

 

そして去年の冬、実家の物置を整理するために帰省した時、驚いたことがあった。

 

あるんだよ、あの登山靴が。

 

しっかり履き込まれて黒光りしてるのが、俺んちの物置の棚に。

 

ギョッとして慌てて母に聞いたら、「ああ、それ、幽霊みたいにやつれた人が返しに来たよ。ずっと借りててすみませんて」って言うんだよ。

 

俺はマジでゾッとした。

 

驚いて、すぐ母に確認した。

 

「それ、いつの話?」と。

 

母は「えーっと、たしか去年かなぁ」と。

 

それじゃあ本物の幽霊じゃないか!と大騒ぎになった。

 

まあ、おそらく母の勘違いだろうけど、亡くなる前にわざわざ靴を返しに来たんだろうね。

 

でも、本当に亡くなってから返しに来たのかもしれないし。

 

それは確かめようがないからね。

 

でも、生身であろうが幽霊であろうが、どのみち真面目すぎる奴だよな。

 

あんな使い込んだ登山靴、今さら返されてもどうしようもないじゃないか(笑)。

 

でも彼は彼で、ずっと借りているつもりで恩義を感じていたのかもしれない。

 

考えると、そんな律儀で真面目な奴には、今の世の中はちょっと厳しいのかもしれないな。

 

俺みたいに、適当にチャランポランじゃないと世の中を上手く渡っていけないよな(笑)。

 

ある意味、早く神様に召されて幸せだったかもしれない。

 

まあ、勝手なことを言っているだけだけど。

 

ん?その靴?

 

まだ実家にあるよ。

 

おまえ山歩きするんだったら、やるよ。

 

使えよ。

 

ははは、うそうそ。

 

お寺に納めて供養してもらったよ。

 

またあの世で彼が履いているかもしれないけどな。

 

(終)

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