夢なのか心霊体験なのか判断が付かない
夢だったのか、それとも心霊体験だったのか、判断が付かないことがある。
その日、俺は夜の22時に残業が終わって帰宅した。
疲労のせいか、どこか意識が散漫で夢うつつだった。
玄関のドアを開けて真っ直ぐキッチンに向かう。
するとそこには、カチャカチャと音を立てて洗い物をしている母と、母の横にある椅子に座りながら酒を飲んで上機嫌にしている父が居た。
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
(父と母の話の内容は薄っすらとしか聞こえず、世間話のように感じた)
父は帰宅した俺(A)に気がつくと、挨拶をしてきた。
たまに思い出したくなる時がある
「おっーす、 Aおかえりー」
上機嫌な父と対照的に、母の方はいつものように俺に対して小言を始めそうな雰囲気だった。
「また遅い帰りのくせに・・・」
俺は小言を聞き流すのもめんどくさいので、母の言葉を無視しながら冷蔵庫を開けて麦茶を取り出す。
そのまま居間に向かおうとすると、「おーいA、ちょっと待てぇ」と父に呼び止められた。
「オレはぁ、お前のような立派な息子を持って幸せだっ」
母が小言魔なら、父親は感動屋だった。
「でもなぁ、オレも最近疲れてきてな」
父がシャツをペロッとめくると、俺はギョッとした。
父の腹やアバラは、痩せすぎの度を超してガリガリで、骨に皮膚が一枚付いている様な状態だった。
「ふぅ・・・」
珍しくため息をつく父。
俺は動揺して、どう話せばいいのか分からず目を逸らしながら居間に足を進める。
「A、何かあった時はよろしく頼むぞ」
「またアナタはすぐそうやってAを・・・」
遠くから、上機嫌な父の声と不機嫌そうな母の声がした。
俺は居間に着くと、明かりのスイッチを点ける。
・・・!?
スイッチを点けると同時に、頭の中のスイッチが入ってハッと思い出した。
父と母は半年前に事故で亡くなっていたのだ。
俺は急いでキッチンに向かった。
なぜか明かりは点灯していたが、そこに人の気配は無かった。
辺りを見渡すと、父が飲んでいた酒やコップなどは当然無かった。
夢?心霊体験?
さっきまで食器の水洗いをしていた母だったが、本来なら3日間ためていたはずの食器が何故か綺麗に洗われて拭き取られ、母の置き方と同じようにダイニングの上に置かれていた。
翌日から、俺は不幸に見舞われた。
主に仕事のミスや何かを落としてしまったり等だ。
いや不幸というより、不幸と平常の境目が麻痺してしまっていた。
例えば、歩道なら安全だが、一歩車道へはみ出すと車に轢かれてしまうような、完全にその一歩の歯車が狂ってしまっていた。
しかし今になって考えてみると、はみ出しは父がガードレールとなって守ってくれていた気がしていた。
もしかしたらあの時に見た父親の痩せは、力を使い果たしてしまったのではないか?
そう考える事にした俺は、少しずつ注意するように心がけ、不幸やミスを減らしていった。
今ではミスなどは無くなり元の生活に戻ったが、あの出来事は現実だったのか、はたまた夢だったのか。
たまに思い出したくなる時がある。
(終)
キッチンの光景を想像すると怖いより切なくなる。