大きな人間の腕が海面から飛び出てきた
海にまつわる怪異な話です。
みなさんは『ニンゲン』という生き物をご存知でしょうか?
なんでも、南氷洋(南極海)に分布するヒトガタの生物だそうです。
似たような話は『今昔物語』にもあり、『巻第三十一 本朝 付雑事「第十七」漂着した巨人の死体について』に、砂浜に女性の巨大な死体が打ち上げられたという話が載っています。
これは、これらの話を彷彿とさせる話です。
どう見ても、あれは人の腕じゃった
その漁村では地引網も行っていました。
行っていた方法は、網の片方を固定してもう一方を人力で引いていく、というものでした。
ある日のこと、網を打ち終わった夜に砂浜で焚き火をしていると、沖合から人間の声のような「おーい、おーい」という音が聞こえてきたそうです。
海岸からは沖合は見えないので船がやってくるのかな?と思い、燃える薪を掲げて合図をしていたようですが、一向に船は来ません。
沖合には灯りも見えません。
そうしているうちに声は止みました。
次の日、村の皆で網を引いていると、とても大きな力で網が沖合に向かって引っ張られたそうです。
それはかなり強い力で、クジラでも掛かったのか?と皆は喜んだそうですが、その力は人を引きずる程で、網が破れたらどうしようかと心配になりました。
一進一退の攻防が続いたのですが、突然、海岸近くの沖合でざっぱーんと“大きな人間の腕”が海面から飛び出てきたそうです。
青白い手が陽光に輝いていた、と。
距離からして、その腕は肘から先が2丈程もあったように見えた、と。(2丈=約6メートル)
網を引くので皆は必死でしたから、その後すぐに海面下に消えたその腕を目撃した人は多くはありませんでした。
ですが、老若男女の目撃者たちは、皆一様に「人の腕だった」と意見が一致していました。
その後、今度はどっばーんと水柱が立ち、網を引く力はなくなったようです。
網を引き上げてみると魚はほとんど入っておらず、網にクラゲのようなネバネバしたものがあちこちに引っ掛かっていました。
それらは無臭でしたが、海に捨てたり浜に捨て置いたそうです。
天日で乾燥したそれは、硬いせんべいのようになり、長く浜に残っていたそうです。
その日から一週間程は、魚があまり捕れなかったようです。
また、いわゆる『リュウグウノツカイ』のような深海魚があがったそうです。
深海魚はたまにあがることがあったそうですが、かなり大きな魚だったので珍しかったとのこと。
「どう見ても、あれは人の腕じゃったがのう・・・」と、老人が私の祖父が子供の頃に話してくれたそうです。
(終)