住んだ者たちが皆逃げ出してしまう屋敷
これは、ある屋敷にまつわる不可解な話です。
漁村を見下ろす丘の上に、小さな林と『軍人御殿』と呼ばれる古い屋敷がありました。
屋敷は平屋ですが、別に土蔵もあり、白壁で囲まれていました。
後ろに林、前には海を一望しています。
その屋敷は、戊辰戦争(1868年頃)の時に功績をあげた軍人が別荘として建てたものだと言い伝えられていました。
色々なモノが出る
その軍人が亡くなった後、家族からその別荘は忘れさられたように使われることはなく、人手に渡りました。
地元の金持ちや代議士などが住みましたが、数年、長くても十数年住んだ後に手放してしまいます。
だからといって、その屋敷に住んだ者たちが短命だったというわけではないのです。
ただ、屋敷を逃げ出してしまいます。
数家族が住んだ後、地元の裕福な商人が別荘として入手しました。
彼は女中や小間使いを引き連れて越して来ました。
彼らのための別棟を建てることもしました。
女中の一人はこの漁村の出身の者だったのですが、彼女が親族に語るに、「あの屋敷には幽霊が出る。いや、幽霊というモノとは違うのかもしれない。普通の姿をした人間が、夜といわず昼といわず色々な場所に出没する」と。
何か悪さをするのか?と聞けば、「それが全く何もしない。まるで生きている人間のように食事をしたり、廊下を歩いたり、風呂に入ったり、応接間で歓談していたりする」と。
その幽霊は男か女か?と聞けば、「それが色々なモノが出る。若い男たちや女たち、老人ら、子供たち」と。
それでは気が休まらないではないか?と聞けば、「そうだ。その商人の家族や使用人たちはとても恐れている。現れる場所も時間もバラバラで、その兆候もない」と。
皆がそれを見るのか?と聞けば、「そうだ。全員が目撃している」と。
その主人は気丈な人であったようで、警察に届けた後、いわゆる探偵業者のような人たちにこの現象を調査させました。
警察官はそれを目撃しましたが、捕縛することもかなわず無力でした。
しかし、探偵は成果を出しました。
その屋敷に現れる老若男女は、どうもその屋敷に以前住んでいた人々だということが分かりました。
では幽霊か?となるが、その時に他界していた人もいましたが、まだ別の土地で存命な人もいました。
では生霊なのか?といえば、そうとも言えないということが分かりました。
なぜなら、存命中の人に面会して話を聞いても、その屋敷に執着もしていないし、何の恨みもないそうです。
ただ言いづらそうに述べた、その屋敷から出て入った理由は、「それと同じようなモノが出るので、気味悪いので屋敷を手放した。何の害もなかったが・・・」と言いました。
その屋敷は、そこに住んだ人間とその生活を『記憶』していて、それを『思い出している』のだろう、ということでした。
結局、女中や小間使いを引き連れて越して来た商人も、その屋敷を手放したそうです。
(終)