あるはずのない長い髪の毛が見える
これは10年以上も前のことになるが、某食品関係の工場に勤めていた時の話。
ある日の昼休み、パートのおばちゃんの佐藤さんが、「ねぇ、渡辺さんの帽子の後ろから髪の毛みたいなのが見えてない?」と言い出した。※名前は仮名
「いやいや、渡辺さん髪の毛は長くないし」と別のパートのおばちゃんが笑いながら返すと、「そうよねぇ。でも渡辺さんの首の辺りから髪の毛みたいなのが長く垂れてるように見えるのよ。老眼なのかなあ。疲れてるのかなあ」と佐藤さん。
俺らバイト連中も、「佐藤さん、ボケが始まったんじゃないですか~」と笑っていた。
不可解な事故が起きる
この渡辺さん、その部署にいる社員男性のうちの一人で、短髪の30代男性。
もちろん髪の毛は長くないし、そもそも食品関係の工場なので、髪の毛が1本でも帽子から出ていたら怒る方の立場の人だ。
その後、午後はうちの部署の仕事が少なかったので、数人の熟練パートを残し、俺らバイトや派遣は別の部署で手伝いの仕事をしていた。
だが、しばらくした頃、社員の人が慌てて飛び込んできて、その部署の社員の人を連れて出て行った。
なんとなく、「あれ?おかしいぞ?」という雰囲気になったかと思うと、「今日の仕事は中止。もう帰っていいから」と退勤を促された。
帰り際、工場に救急車がやって来て、すぐ後に警察も来ていた。
一部の噂で、「社員の誰かがシールをプレスする機械に頭が巻き込まれた」という話だけが出回っていた。
その時の俺は、プレスする機械は別の部署だったこともあり、「誰だろうな、かわいそうに」という程度だった。
その後、一週間以上も仕事が休みになった。
そして数日ぶりに出勤して知ったのが、プレスに挟まれたのは渡辺さんだった。
事故当時、その部署で働いていた20人以上のパートや派遣のほとんどが目撃したそうだが、口を揃えて「少し離れた位置にいたはずの渡辺さんが、いきなり頭をもっていかれるようにして後ろを向いたまま転倒するように頭から機械に突っ込んでいった」と言っていた。
それを聞いた誰かが、「前に言ってた佐藤さんが見たっていう、渡辺さんの髪の毛が機械に巻き込まれたとかじゃないの?」と冗談で言ったが、その場にいた誰もが同じことを考えていたらしく、おかしな空気になってしまった。
警察では、ただの転倒事故で処理されたらしい。
事故が起きる前、佐藤さんが見た渡辺さんの髪の毛が何だったのかは今も謎だ。
あとがき
渡辺さんは亡くなった。
事故が起きた機械は複数の容器を同時にプレスするもので、渡辺さんは頭部をプレスされてしまったので即死だったかと思う。
当時は小さいながらも新聞の記事になったが、それには『転倒してプレスに挟まれる』と書いてあった。
余談だが、その後に「渡辺さんの幽霊が出る」という噂もあったが、実際に見た人は一人もいない。
それらしいことがあると、それらしい噂が出回るというだけだろう。
(終)