自治会長からのおかしな苦情
これは、奇妙なご近所トラブルに遭った話。
2年前の朝早く、新聞受けに一通の手紙が入っていた。
内容は、『自分は自治会長をやっている。お宅の犬の声がうるさい。糞の始末がされてない。執筆活動の邪魔だ。ここから出ていけ。さも無くば家族がどうなってもしらんからな』というもの。
さらには、ウチを盗撮した写真も添えられていた。
確かにウチに犬はいたのだが、この手紙が来るだいぶ前に死んでいて、当時犬はいなかった。
録画したテープに映っていたのは・・・
とりあえず近くの交番に相談して、送り付けてきた家に菓子折りを持って伺った。
出てきたのは70過ぎのお爺ちゃんだった。
元々は学校の先生をしていたそうで、背筋が伸びて70過ぎには見えなかった。
また、話をしている感じでは、手紙に書かれているような過激なことをするような人ではなく、穏やかな人だった。
そのお爺ちゃんが言うには、「明け方になるとお宅の方から小型犬の鳴き声がする。自分は夜中に執筆して明け方に寝るから寝れない」と。
けれど、ウチには今は犬はいない。
そのことを伝えると、「いやいや、姿を見ているから」と言う。
けれど、ウチにはいないと。
堂々巡りになってしまったので、仕方ないので家を見てもらった。
お爺ちゃんは目を皿にして探すけれど、犬が出て来ない。
そりゃいるわけがないから当たり前なのだが・・・。
見つからなかったので、お爺ちゃんは諦めて謝罪して帰っていった。
こちらも大事にしたくないので、特に被害届のようなものは出さなかった。
しかし、それから2~3日してから今度はお爺ちゃんからウチに尋ねてきた。
お爺ちゃん曰く、「やっぱり居るじゃないか!」と。
それに「今度は証拠がある!」と言って、ビデオを見せてきた。
そこには、リビングから庭に出れる大きい窓が映っていた。
深夜から明け方にかけて撮っていたようで、だんだんと明るくなっていった。
最初は何もいなかったけれど、明け方になると何処からともなく小さな犬が入ってきた。
そして、カメラに向かって鳴き始めた。
ああ、野良犬が入ってきて鳴いていたのか・・・と分かったのはいいけれど、疑問が出てくる。
俺を含めて家族全員が早起きなので、こんな犬の鳴き声に気付かないはずがない。
しかも住宅街だから、そんなに鳴いていたらいくら寝ていても気付くはずだ。
ただその犬を見ていると、なんとなく違和感があった。
よく見ていると、その違和感の正体に気付いた。
体全体は普通の犬なんだけれど、前足と後足が逆を向いていた。
踵が前を向いていたのだ。
人間、本当に怖いものを見たら「ギャー」とか「ワァー」とか悲鳴は出ないもので、「ヒィッ」という声しか出なかった。
お爺ちゃんも気付いたようで、顔面蒼白で震えていた。
お互いに顔を見合わせて、「見なかったことにしよう・・・」となり、ビデオテープを燃やした。
俺としては引っ越したかったけれど、実家であるからそうもいかず、その後も我慢して住んでいた。
そして去年の年末、お爺ちゃんが亡くなったと聞いた。
なんでも、病院のベッドでずっと「犬がいる」とうわ言を呟いていたそうだ。
(終)