末期癌の老人と病室を共にする患者曰く
これは、看護師をやっている友人の体験談。
友人が担当した患者に、末期癌の老人がいた。
身体中をチューブで繋がれ何とか生きながらえているが、ろくに声を出すこともままならず、いつその時がきてもおかしくない状態だった。
そして、その患者と同じ病室には、もう二人の患者も入院していた。
一人は長く闘病していて、もう一人は後一週間足らずで退院の予定。
「昨晩はうるさくて・・・」
その日、友人はいつも通りに夜の当直をこなし、日の昇る頃、老人の所へ検温をしに行った。
しかし、病室に入り老人の傍へゆくと、何やら背後から怪しい視線を感じる。
瞬く間に背筋が凍りつき、後ろを振り返ると、同室の二人の患者が友人を鋭い目つきで睨みつけていた。
友人は恐る恐る、二人に問いかけた。
「・・・おはようございます。すみませんが、どうなされましたか?」
すると二人は口を揃えて、「昨晩はうるさくて俺達は二人とも全然眠れなかった。何とかしてくれ」と苦情を言う。
「この患者様もあなた方と同じく、日夜病気と戦っておられます。夜中でも時折苦しくて声を上げてしまうこともあります。申し訳ありませんが、どうか我慢して頂けないでしょうか?」
友人はそう弁解した。
すると、二人のうち一人が不思議なことを口にし始めた。
「いや、俺達が言いたいことはそうじゃなくて、昨日うるさかったのはその患者本人じゃないんだ」
もう一人も首を縦に振った。
話をまとめると、どうやらその夜、老人の親族だと思われる人達が七~八人、突如病室へ入ってきて、葬式はどうする、遺産の分割はどうこう、などといった話を大声で一晩中続けたという。
さらには子ども達も数人いて、キャッキャッと遊ぶ声も聞こえ、そしてふと気が付けばその人影も消え、声がぱったりと止み、元の静かな病室に戻っていた。
二人はそう話してくれた。
しかし、考えてみればおかしな話で、よほど緊急の場合ならともかく、夜中に大所帯で面会に来ることなどあり得ないし、そもそも友人は直前まで夜の当直をしていたのに、そんな人達の受け付けをした覚えもない。
病院のデータにも、勿論そんな面会記録は残っていなかった。
そしてその出来事があった日、老人の患者は静かに息を引き取ったという。
(終)