この手袋、はめてくれませんか?

手袋

 

私が中学3年生の時の話。

 

塾の帰りに地下鉄に乗った時のこと。

 

そこは始発駅だったので発車するまでの数分間は電車が止まった状態で、土曜の夕方なのに車内はとても空いていた。

 

私が座席に座って間もなく、若い男の人が乗り込んで来た。

 

その男の人は若い印象はあるが、10代なのか20代なのかはよく分からない。

 

身長は160センチ位で、体重は40キロあるかないかの超が付くほどガリガリに痩せており、頭は坊主刈り、眉毛が凄いゲジ眉、おまけに目がとてもデカい。

 

インパクトのある容姿のせいか、私は思わずその男の人を見てしまった。

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お母さんに頼まれたので

男の人は車内を見渡して、私と目が合うなり私の隣に座った。

 

たくさん席が空いているのにどうしてわざわざ隣に座るのだろう?と少し気になったが、しばらくして「あの~すみません」とその男の人に声をかけられた。

 

私は思わず、「はい、何ですか?」と返事をしてしまった。

 

すると、「この手袋、はめてくれませんか?」と言われ、驚く私に向かって自分の手に乗せた白い女物の手袋の片方を差し出してきた。

 

私は「どうしてですか?」と聞き返すと、「お母さんに頼まれたので」と答える。

 

その男の人の表情と目つきが物凄く真剣そのもので、冗談でやっているとも思えなかったが、ヤバイ奴ではないか?と思ったので、「出来ません!」と私はきっぱり断った。

 

すると男の人は無言で手袋を仕舞い込むと、何かを考え込んでいる様子。

 

私はこのまま隣に座り続けるのが危ないような気もしたので他の車両に移ろうかと考えたが、かえって男の人に刺激を与えたりするかもしれないと思い、そのまま無視を決め込み座っていた。

 

間もなくアナウンスが流れ、発車する寸前に男の人は何事もなかったかのように電車から降りて、もの凄い早さでホームを歩き去って行った。

 

その姿を動き出した電車の窓ガラス越しに見送った時、私は背中に冷たいものが走り、体中に鳥肌が立ったのを今も憶えている。

 

この出来事を時々思い出す度に、「もしあの時、あの白い手袋をはめたらどうなっていたのだろう・・・」と考えると気味悪く感じることがある。

 

それから1年後、その男の人がまた出現した。

 

しかし、その男の人に出会ったのは私ではなく、弓道部員のメンバー。

 

私は高校で弓道部に在籍していて、日曜だったその日も学校へ行かなければならなかった。

 

学校に着くと、数人が「駅前のバス停で変な男に出会った~」とか、「手袋男~手袋男!!」と騒いでおり、「手袋はめて下さいって言われて手袋差し出してきたのよ!」と叫んでいた。

 

もしかして・・・と思った私は、その男の特徴を聞いてみると、私が中学生の時に出会ったあの男の人と一致した。

 

やっぱり白い手袋だったそう。

 

それから数年が経ち、私が専門学校に通っていた時に、友達がバイトをしていたスーパーの1階にもその手袋男が何度も出現していて、1階で勤務する従業員の間では有名になっていた。

 

「やっぱり白い手袋?」と聞くと、「以前は白かったかもしれないけど、決して白いとは言えない手袋だった」と苦笑いしていた。

 

もしかしたらその手袋は、私が中学生の時に出会った男の人が持っていたもので、取替えもせず何年も色んな人に渡そうとしていたのではないかと・・・。

 

(終)

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