その安宿に泊まった大勢が一晩中うなされる事に
この話をすると私の歳がバレるが、御愛嬌で勘弁。
昭和50年頃、私は旅役者で全国をドサ周り(地方巡業)していた。
これは、某県に行った時に実際にあった出来事だ。
いつも木賃宿のような安宿に泊まるのだが、この時の宿は気持ち悪かった。
※木賃宿(きちんやど)
宿泊代金が薪や水の費用のみであった頃の旅宿の呼称。食事は自炊。
蛙のような声
その宿は戦災から焼け残ったボロボロの木造平屋で、廊下を挟んだ両側に2畳の小部屋がずらりと並んでいる。
聞いたところでは、昭和34年の売春禁止法施行前まで売春宿(いわゆる赤線)として使われていたらしい。
ここに一人一部屋ずつ入れられて就寝したのだが・・・。
廊下に対して片側の部屋に泊まった全員が金縛りに遭い、さらには16歳くらいの田舎臭い女の子が血まみれの大きな舌を首元まで垂らしている夢に一晩中うなされた。
しかも、その女の子は「ケーロケロ」と、蛙のような声を出し続けていたという。
私は被害に遭わなかったので、翌朝その話を聞いて不覚にも笑ってしまった。
でも、被害に遭った者の中で一人だけ、女の子が発していた『蛙語』を聞き分けた東北出身の女性がいた。
彼女いわく、「あれは蛙の鳴きマネじゃない。ケェシテケロ(帰してくれ)って言ってたんだよ」と。
朝、窓を開けたら裏庭に大きな柿の木があったので、「あの柿の木で首を吊ったんだと思う」と言っていた。
彼女の話が本当なら、柿の木がある側の部屋に泊まった者だけが被害に遭ったのだろう。
「戦後は東北から売られてくる娘がまだいたんだね・・・」と、みんなで何となくしんみりしたことを覚えている。
(終)