ノック 4/10

S「そういや聞きそびれてたな。

 

お前、あの空き家に行って

どうするつもりなんだ?」

 

「んー、まだ決めてないな」

 

S「・・・何だそりゃ」

 

と前を向いたまま

Sが呟く。

 

実際に決めてないのだから

仕方が無い。

 

「もしかしたら、家の中に

入ることになるかもね」

 

前夜の段階では、

 

事件のあった古民家を

外から眺めるだけだった。

 

現在、誰が管理しているのかは

分からないが、

 

窓にカーテンが掛かっていて

中は見えなかったけれど、

 

おそらく、家具は

そのままにしているのだろう。

 

ここの住人はあくまで行方不明扱いで、

いつか戻って来るかも知れないのだ。

 

S「住居不法侵入だな」

 

「分かってるよ。

でもさ、それってさ。

 

向こうの方からウチに来いって、

『呼ばれて』それで入ったとしても、

 

罪になるんかな」

 

S「・・・お前がどういう場合を

想定してるかは無視してだ。

 

今回の場合では、

なる」

 

「あーそっかぁ」

 

S「大体どうやって入るつもりだ。

玄関にはカギが掛かってるだろ」

 

確かに。

 

当然の話だけれど、

昨日確認した限りでは、

 

玄関のドアは鍵なしでは

開かないようになっていた。

 

侵入出来そうな窓もない。

 

一ヶ所だけ、内側から窓が

塗り固められている部屋もあった。

 

「ノックすれば

開けてくれるんじゃない?」

 

僕は冗談のつもりで言ったのだけれど、

Sは今度は、

 

確実に僕のことを馬鹿にしているのだと

分かるような欠伸をして、

 

こう言った。

 

S「・・・中に人が居りゃあな」

 

それから数時間と数十分

車で走って、

 

僕とSの二人を乗せた車は、

目的の古民家がある街まで辿り着いた。

 

時刻は四時半を過ぎたところだった。

 

昨日と同じ場所、

 

少し離れた場所にある住宅街の

一角に車を停める。

 

S「着いたぞ。

ここからは歩いて行けよ」

 

とSが言う。

 

そうして彼はシートベルトを外すと、

後ろにシートを倒して目を閉じた。

 

どうやら、これ以上

付き合う気はなく、

 

僕が戻って来るまでに

ひと眠りするつもりなのだろう。

 

しばらくしてSが目を開けた。

 

S「・・・何だよ。早く行けよ。

場所は分かってんだろ?」

 

怪訝そうに言うSを、

 

「ちょっと待って、静かに」

 

と制す。

 

何か聞こえた気がした。

 

・・・コンコン。

 

ノックの音。

 

早く車から出ろと

言っているのだろうか。

 

「この音、聞こえる?」

 

僕が尋ねると、

 

S「・・・いや」

 

とSは首を横に振った。

 

「あーそっか・・・、

 

これ、今日以降もずっと

続くようだったら、

 

やっぱ病院かなぁ」

 

S「おい・・・」

 

と何か言おうとしたSを置いて

車を出る。

 

少し歩くと、

後ろでドアの閉まる音がして、

 

振り返るとSがのろのろと

大儀そうに車を降りていた。

 

住宅街からしばらく歩いた、

 

山へと続く細い坂道の脇に

家はあった。

 

ここに来るのは二度目だ。

 

振り返ると、

 

眼下に僕らが車を停めた

住宅街が一望出来る。

 

近くに他の家の姿は無く、

 

まるで仲間外れにでもされたかように、

ぽつりとその古民家は建っていた。

 

瓦屋根の平屋で、

 

建物自体は相当古くから

ここにあるのだろう。

 

昨日は夜中だったので

よく分からなかったのだけれど、

 

所々に年季を感じる。

 

ただ、窓の向こうに見える

カーテンの模様などは現代風で、

 

つい数年前まで人が住んでいた

という名残もあった。

 

家自体の大きさは、

 

親子二人だけで暮らすには

少々もてあましそうだった。

 

雑草の生えた花壇のある

小さな庭を通り、

 

玄関の前で立ち止まる。

 

擦りガラスがはめ込まれた

木製の二枚戸だ。

 

S「で、どうすんだ?」

 

とSが言う。

 

僕は戸に手をかけ、

力を込める。

 

当然のことだけれど、

鍵が掛かっていて開かない。

 

昨日の夜も確認したことだ。

 

ノックの主が

僕をここまで呼んだのなら・・・。

 

という淡い期待もあったのだけれど、

現実はそう甘くは無いようだ。

 

しばらく無言のまま

玄関を見つめていた。

 

始まりは、僕の部屋の玄関から聞こえた

ノックの音だ。

 

僕はその音に誘われて、

 

四時間もかけて再度

ここまでやって来た。

 

運転したのはSだけど。

 

玄関に呼び鈴等は

付いていなかった。

 

二度、軽くノックする。

 

扉が揺れて、ガシャガシャと

ガラスが身悶える音がした。

 

コンコン。

 

中から返事があった。

渇いた響き。

 

僕がアパートの自分の部屋で聞いた音と、

まるで同じだった。

 

たとえこの音が幻聴だとしても、

僕はこの音に呼ばれている。

 

それは確信出来た。

 

後ろに居たSの方を振り返る。

 

「どうにかしてさ、

この中に入れないかな」

 

僕が尋ねると、

Sは非常に面倒くさそうな表情をした。

 

そうして投げやりな口調で、

 

S「・・・どうにかしたいんなら、

入る方法なんていくらでもあるが」

 

と言った。

 

「どうにかしたいね」

 

僕は答える。

Sは肩をすくめた。

 

S「一応念を押しとくが、

 

どういう形で入るにしろ、

れっきとした犯罪だぞ」

 

「今さら?」

 

と僕は少し笑って返す。

 

Sは少し上を向いて、

「ふー」と小さく息を吐く。

 

S「・・・やれあの街に連れてけだの

やれ扉を開けろだの。

 

全くやれやれだな」

 

嘆きながらSはドアの前にしゃがみ、

戸の下部分、

 

ガラスがはめ込まれている

細い骨組の部分を掴んだ。

 

(続く)ノック 5/10へ

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