おいぼ岩 3/4
ここは山の上だ。
さっきまでの松林の中じゃない。
人の動く気配。
そこでようやく僕は、
目の前に居る人間が
僕をどうしようとしているのかが分かった。
僕は今、罪人なのだ。
白い布で顔を隠した
幾人もの人たちの前で、
代表の様な者が一人進み出て
僕に何か言っている。
男だと思う。
声は聞こえなかったが、
辛うじて布の口の辺りが
動いているのが分かる。
男が僕に一礼した。
それを合図に、
その場に居た者たちが
僕の傍に寄って来る。
太い丸太を持った者が、
それを岩の下に差し込んだ。
何本もの腕が岩に触れる。
やめてくれ。
声が出ない。
僕はもがく。
もがいて、もがいた。
ごん、と何かが外れる感覚。
岩を伝って来る振動。
徐々に、徐々に。
まるでスローモーションのように
僕は空を見上げていく。
仰向け。
星。
月。
・・・そう言えば、
今日の月も満月だったな。
などと場違いなことを考える。
空気を裂く様な大きな音がした。
同時に後頭部に衝撃。
死んだと思った。
気がつくと僕は松林の中で、
地面に仰向けで、
大の字の状態で倒れていた。
そのまま充分な時間放心してから、
僕は自分の状況を確かめる。
息が荒い。
心臓の鼓動が凄い。
頭が痛い。
怪我は無い、たぶん。
・・・いきてる。
良かった、生きている。
ゆっくりと上体を起こしながら、
僕は先程の大きな音は
車のクラクションだと気付いた。
Sが鳴らしたのだろうか。
そんなことを思いながら
僕は立ち上がった。
懐中電灯が地面に落ちていて
拾おうと手を伸ばす。
そこで、僕は自分の掌に
何か付着していることに気がついた。
それは紅黒く
粘り気のある液体だった。
両の掌に付いている。
はっとして、拾った懐中電灯で
目の前の岩を照らす。
よく見るとそこには、同じく
紅黒い液体がこびり付いていた。
二か所。
丁度僕が、めまいを押さえるため
両手をついたところに。
掌を確認する。
僕は怪我をしていない。
S「おーい・・・。大丈夫か」
振り向くと、
車から降りて来たSが
ガードレールを跨いで
こっちにやって来ていた。
S「車ん中で見てたんだが。
突然倒れるわ、その後起き上がって
じっと岩を見てるわ・・・。
何かあったのか?」
僕は無言でSに掌を見せ、
次いで岩の手形を指差した。
Sも無言で見やって、
それから岩に付着したそれを指でなぞり、
匂いを嗅ぐ。
S「血だな。怪我したのか?」
僕は首を振る。
Sは何か考える様な仕草をし、
「後頭部」と呟いた。
次いで、「触ってみろ」と言う。
僕は言われた通り、
後頭部を撫でる。
激痛。
びっくりして撫でた手を見ると、
粘り気の無い真新しい血が付着している。
どうやら後ろに向けて倒れた時に、
頭に傷を負ったらしい。
幸い大した怪我では無い様だが。
S「そういうことだ。
じゃないと、岩から血が染み出た
ってことになっちまうからな」
どうやらSは、この血は全部
僕のものだと言いたいらしい。
けれども僕は
後頭部を触っていない。
釈然としなかった僕は「でも・・・」
と言おうとしたが、
それより先にSが口を開いた。
S「Kはどこだ?」
そこで僕はやっと
Kの存在を思い出した。
確か、松林の奥に行ったはずだったが、
近くには居ない様だ。
「おーいー、Kー」と大声で呼ぶが、
返事は無い。
僕とSは顔を見合わせた。
二人で探しに行くと、
松林の奥、
岩の影でうつ伏せに倒れている
Kを発見した。
死んでいると思った。
肝が冷えると言うのは、
まさにこのことを言うのだろう。
慌てて近寄り、
身体をひっくり返して
呼吸を確かめる。
呼吸は・・・、ある。
死んでない。
どうやら気絶しているだけの様だった。
ほっと息を吐いた途端、
全身の余分な力が抜けるのが分かった。
S「おい。起きろボケ」
とSがKの頬をバシバシ叩くが、
Kは起きなかった。
Kの身に何が起きたか。
僕には大体の見当がついていた。
おそらく、Kと僕は
ほぼ同じ体験をしたのだ。
罪人となり、
岩に縛られて、
転がされる。
僕はSが鳴らしたクラクションで
こちらに引き戻された。
Kは何処まで『見た』のだろうか。
不意に得体の知れない恐怖が
じわりと染み出てくる。
僕はそれをやたら首を振って
ごまかした。
揺すったり蹴ったりしたが、
Kは何時まで経っても起きない。
仕方がないので、
このまま車まで運ぶことになった。
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