リアル 10/11
実に二ヶ月振りにS先生がやって来て、
やっと本山での生活は、
終りを迎えようとしていた。
身支度を整え、
兎に角お世話になった皆さんに
一人ずつ御礼を言い、
S先生と帰ろうとしたんだ。
でも気付くと、横にいたはずの
S先生がいない。
あれ?と思って振り向いたら、
少し後にいたんだ。
歩くの速すぎたかな?って思って戻ったら、
優しい顔で
「Tちゃん、帰るのやめてここに居たら?」
って言われた。
実は、S先生に認められた気がして
少し嬉しかった。
「いや、僕にはここの人達みたいには
出来ないです。本当に皆さん凄いと思います。
真似出来そうもないですよ」
照れながら答えたら、
「そうじゃなくて、
帰っちゃ駄目みたいなのよ」
「え?」
「だって、まだ残ってるから」
また顔がひきつった。
結局、本山を降りる事が出来たのは、
それから二ヶ月後だった。
実に、五ヶ月も居座ってしまった。
多分こんなに長く、家族でも無い誰かに
生活の面倒を見てもらう事は、
この先ないだろう。
S先生から「多分もう大丈夫だと思うけど、
しばらくの間は、月に一度おいでなさい」
と言われた。
アイツが消えたのか、それとも隠れてれのか、
本当のところはわからないからだそうだ。
長かった本山の生活も終って、
やっと日常に戻って来た。
借りてたアパートは、
母が退去手続きを済ましてくれていて、
実家には俺の荷物が運び込まれてた。
アパートの部屋を開けた時、
何かを燻したような臭いと、
部屋の真ん中辺りの床に
小さな虫が集まってたらしい。
怖すぎたらしく、その日は何もしないで
帰って来たんだってさ。
翌日、仕方無いんで、意を決して
また部屋を開けたら、
臭いは残ってたけど虫は消えてたらしい。
母には申し訳ないが、
俺が見なくて良かった。
実家に戻り、実に約半年ぶりくらいに
携帯を見ると、物凄い件数の
着信とメールがあった。
(そーいや、それまでは気にならなかったな)
中でも、一番多かったのが○○。
メールから、奴は奴なりに
自分のせいでこんな事になったって
自責の念があったらしく、
謝罪とか、こうすればいいとか、
こんな人が見つかったとか、
まめに連絡が入ってた。
母から○○が家まで来た事も聞いた。
戻って二日目の夜、○○に電話を入れた。
電話口が騒がしい。
○○は呂律が回らず、何を言っているのか
わからなかった。
・・・コンパしてやがった。
とりあえず電話を切り、
『殺すぞ』とメールを送っておいた。
所詮、世の中、他人は他人だ。
翌日、○○から
『謝りたいから時間くれないか?』
とメールが来た。
電話じゃなかったのは、
気まずかったからだろう。
夜になると、家まで○○が来た。
わざわざ遠いところまで来るくらいだ。
相当、後悔と反省をしていたのだろう。
(夜に出歩くのを俺が嫌ったからってのが、
一番の理由である事は言うまでもない)
玄関を開け○○を見るなり、
二発ぶん殴ってやった。
一発は奴の自責の念を和らげるため、
一発はコンパなんぞに行ってて、
俺をいらつかせた事への贖罪のめに。
言葉で許されるよりも、殴られた方が
すっきりする事もあるしね。
まぁ二発目は、俺の個人的な怒りだが。
○○に経緯を細かく話し、
その晩は二人して興奮したり怖がったり・・・
今思うと当たり前の日常だなぁ。
○○からは、あの晩のそれからを聞いた。
あの晩、逃げたした時には、
林は明らかにおかしくなっていた。
林の車の中で友達と待っていた○○には、
まず間違いなくヤバい事になっているって事が
すぐにわかったそうだ。
でも、後部座席に飛び乗ってきた林の焦り方は
尋常じゃ無かったらしく、
車を出さざるを得なかったらしい。
「反抗したり、もたついたりしたら、
何されっかわかんなかったんだよ」
○○の言葉が状況を物語っていた。
○○は、車が俺の家から離れ、
高速の入り口近くの信号に捕まった時に、
逃げ出したらしい。
「だってあいつ、途中から笑い出したり、
震えたり、『俺は違う』とか『そんな事しません』
とか言い出して、怖いんだもんよ」
アイツが何か囁いてる姿が甦ってきて、
頭の中の映像を消すのに苦労した。
俺の家に戻って来なかったのは、
単純に怖すぎたからだって。
「根性無しですみませんでした」って、
謝ってたから許した。俺が○○でも勘弁だしね。
その後、林がどうなったかは誰も知らない。
さすがに今回の件では○○も頭にきたらしく、
林を紹介した友達を問い詰めたらしい。
結局、林は詐欺師まがいにも
成りきれないような、
どうしようも無い奴だったらしく、
唆されて軽い気持ち(小遣い稼ぎだってさ・・・)
で紹介したんだと。
○○曰く、「ちゃんとボコボコにしといたから
勘弁してくれ!」との事。
でも、こんな状況を招いたのが
自分の情報だってのには参ったから、
今度は持てる人脈を総動員したが、
こんなことに首を突っ込んだり
聞いた事がある奴が回りにいるはずもなく、
多分とか、~だろうとかってレベルの
情報しか無かったんだ。
だから、『何か条件が幾つかあって、
偶々揃っちゃうと起きるんじゃないか』
としか言えなかった。
その後、俺はS先生の言い付けを守って、
毎月一度はS先生を訪ねた。
最初の一年は毎月、
次の一年は三か月に一度。
○○も俺への謝罪からか、何も無くても
家まで来ることが増えたし、
S先生のところに行く前と帰ってきた時には、
必ず連絡が来た。
アイツを見てから二年が経った頃、
S先生から、
「もう心配いらなそうね。Tちゃん、
これからはたまに顔出せばいいわよ。
でも、変な事しちゃだめよ」
って言ってもらえた。
本当に終ったのか・・・
俺にはわからない。
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