リアル 11/11
S先生はその三ヶ月後、
他界されてしまった。
敬愛すべきS先生、
もっと多くの事を教えて欲しかった。
ただ、今は終ったと思いたい。
S先生のお葬式から二ヶ月が経った。
寂しさと、大切な人を亡くした
喪失感も薄れ始め、
俺は日常に戻っていた。
慌ただしい毎日の隙間に、ふと
あの頃を思い出す時がある。
あまりにも日常からかけ離れ過ぎていて、
本当に起きた事だったのか、
わからなくなることもある。
こんな話を誰かにするわけもなく、
またする必要もなく、
ただ毎日を懸命に生きてくだけだ。
祖母から一通の手紙が来たのは、
そんなごくごく当たり前の日常の中だった。
封を切ると、祖母からの手紙と、
もう一つ手紙が出てきた。
祖母の手紙には、俺への言葉とともに
こう書いてあった。
『S先生から渡されていた手紙です。
四十九日も終わりましたので、
S先生との約束通りTちゃんにお渡しします』
S先生の手紙。
今となっては、そこに書かれている言葉の
真偽が確かめられないし、そのままで書く事は
俺には憚られるので、崩して書く。
ー ー ー ー ー ー ー ー ー
Tちゃんへ
ご無沙汰しています。Sです。
あれから大分経ったわねぇ。
もう大丈夫?怖い思いをしてなければ
いいのだけど・・・。
いけませんね、
年をとると回りくどくなっちゃって。
今日はね、Tちゃんに謝りたくて
お手紙を書いたの。
でも悪い事をした訳じゃ無いのよ。
あの時はしょうがなかったの。
でも・・・、ごめんなさいね。
あの日、Tちゃんがウチに来た時、
先生本当は凄く怖かったの。
だって、Tちゃんが連れていたのは、
とてもじゃ無いけど
先生の手に負えなかったから。
だけど、Tちゃん怯えてたでしょう?
だから先生が怖がっちゃいけないって、
そう思ったの。
本当の事を言うとね、いくら手を差し伸べても
見向きもされないって事もあるの。
あの時は、運が良かったのね。
Tちゃん、本山での生活はどうだった?
少しでも気が紛れたかしら?
Tちゃんと会う度に、
先生まだ駄目よって言ったでしょう?
覚えてる?
このまま帰ったら、
酷い事になるって思ったの。
だから、Tちゃんみたいな若い子には
退屈だとはわかってたんだけど、
帰らせられなかったのね。
先生、毎日お祈りしたんだけど、
中々何処かへ行ってくれなくて。
でも、もう大丈夫なはずよ。
近くにいなくなったみたいだから。
でもねTちゃん、もし・・・もしもまた
辛い思いをしたら、すぐに本山に行きなさい。
あそこなら多分、Tちゃんの方が強くなれるから、
中々手を出せないはずよ。
最後にね、ちゃんと教えておかないと
いけない事があるの。
あまりにも辛かったら、
仏様に身を委ねなさい。
もう辛い事しか無くなってしまった時には、
心を決めなさい。
決して、Tちゃんを
死なせたいわけじゃないのよ。
でもね、もしもまだ終っていないとしたら、
Tちゃんにとっては
辛い時間が終らないって事なの。
Tちゃんも、本山で何人もお会いしたでしょう?
本当に悪いモノはね、ゆっくりと時間をかけて
苦しめるの。決して終らせないの。
苦しんでる姿を見てニンマリと、
ほくそ笑みたいのね。
悔しいけど、先生達の力が及ばなくて、
目の前で苦しんでいても
何もしてあげられない事もあるの。
あの人達も助けてあげたいけど、
どうにも出来ない事が多くて・・・。
先生何とかTちゃんだけは助けたくて
手を尽くしたんだけど、正直自信が持てないの。
気配は感じないし、いなくなったとも思うけど、
まだ安心しちゃ駄目。
安心して気を弛めるのを
待っているかも知れないから。
いい?Tちゃん。
決して安心しきっては駄目よ。
いつも気を付けて、怪しい場所には近付かず、
余計な事はしないでおきなさい。
先生を信じて。ね?
嘘ばかりついてごめんなさい。
信じてって言う方が、
虫が良すぎるのはわかっています。
それでも、最後まで仏様にお願いしていた事は
信じてね。
Tちゃんが健やかに毎日を過ごせるよう、
いつも祈ってます。
S(先生)
ー ー ー ー ー ー ー ー ー
読みながら、手紙を持つ手が
震えているのがわかる。
気持ちの悪い汗もかいている。
鼓動が早まる一方だ。
一体、どうすればいい?
まだ・・・、終っていないのか?
急にアイツが何処かから、
見ているような気がしてきた。
もう、逃れられないんじゃないか?
もしかしたら隠れてただけで、
その気になれば
いつでも俺の目の前に現れる事が
出来るんじゃないか?
一度疑い始めたら、もうどうしようもない。
全てが疑わしく思えてくる。
S先生は、ひょっとしたら
アイツに苦しめられたんじゃないか?
だから、こんな手紙を
遺してくれたんじゃないか?
結局・・・、
何も変わっていないんじゃないか?
林は、ひょっとしたらアイツに
付きまとわれてしまったんじゃないか?
一体、アイツに何を囁かれたんだ。
俺とは違う、もっと直接的な事を言われて、
おかしくなったんじゃないか?
S先生は、俺を心配させないように
嘘をついてくれたけど、
『嘘をつかなければならないほど』
の事だったのか・・・。
結局、それがわかってるから、
S先生は最後まで心配してたんじゃないのか?
疑えば疑うほど混乱してくる。
どうしたらいいのか、まるでわからない。
ここまでしか、俺が知っている事はない。
二年半に渡り、今でも終ったかどうか
定かではない話の全てだ。
結局、理由もわからないし、
都合よく解決出来たり、
何かを知ってる人がすぐそばにいる
なんて事は無かった。
何処から得たか定かではない知識が、
招いたものなのか、あるいは、
それが何かしらの因果関係にあったのか・・・。
俺には全く理解できないし、
偶々としか言えない。
でも、偶々にしてはあまりにも辛すぎる。
果たして、ここまで苦しむような罪を
犯したのだろうか?
犯していないだろう?
だとしたら・・・何でなんだ?
不公平過ぎるだろう。
それが正直な気持ちだ。
俺に言える事があるとしたら、これだけだ。
「何かに取り憑かれたり、
狙われたり、
付きまとわれたりしたら、
マジで洒落にならんことを
改めて言っておく。
最後まで、
誰かが終ったって言ったとしても、
気を抜いちゃ駄目だ」
そして・・・、最後の最後で申し訳ないが、
俺には謝らなければいけない事があるんだ。
この話の中には、小さな嘘が幾つもある。
これは、多少なりとも
わかり易くするためだったり、
俺にはわからない事もあっての事なので
目を瞑って欲しい。
おかげで、意味がよくわからない箇所も
多かったと思う。
合わせてお詫びとさせて欲しい。
ただ・・・、謝りたいのはそこじゃあない。
もっと、この話の成り立ちに関わる
根本的な部分で、俺は嘘をついている。
気付かなかったと思うし、
気付かれないように気を付けた。
そうしなければ、
伝わらないと思ったから。
矛盾を感じる事もあるだろう。
がっかりされてしまうかもしれない・・・。
でも、この話を誰かに知って欲しかった。
俺は、○○だよ。
・・・今更悔やんでも悔やみきれない。
(終)