リアル 5/11

林は、早速今夜に除霊をすると言い出した。

準備をすると言い、一度出掛けた。

(出掛けに、両親に準備にかかる

金を貰って行った)

 

夕方に戻って来ると、蝋燭を立て、

御札のような紙を部屋中に貼り、

膝元に水晶玉を置き、数珠を持ち、

日本酒だと思うが、それを杯に注いだ。

 

何となく、それっぽくなってきた。

 

「T君。これからお祓いするから。

これでもう大丈夫だから。

お父さん、お母さん。すみませんが、

一旦家から出て行ってもらえますかね?

もしかしたら、霊がそっちに行く事も

無いわけじゃないですから」

 

両親は不本意ながら、

外の車で待機する事になった。

 

日も暮れて辺りが暗くなった頃、

お祓いは始まった。

 

林は、お経のようなものを唱えながら、

一定のタイミングで杯に指をつけ、

俺にその滴を飛ばした。

 

俺は半信半疑のまま、布団に横たわり

目を閉じていた。

 

林から、そうするように言われたからだ。

 

お祓いが始まってから、

だいぶ経った。

 

お経を唱える声が、

途切れ途切れになり始めた。

 

目を閉じていたから、嫌な雰囲気と、

少しずつおかしくなっていくお経だけが

俺にわかることだった。

 

最初こそ気付かなかったが、

首がやけに痛い。

 

痒さを通り越して、

明らかに痛みを感じていた。

 

目を開けまいと、痛みに耐えようと

歯を食いしばっていると、お経が止まった。

 

しかし、おかしい。

 

よくわからないが、

区切りが悪い終り方だったし、

終わったにしては、

何も声をかけてこない。

 

何より、首の痛みは一向に引かず、

むしろ増しているのだ。

 

寒気も感じるし、何かが布団の上に

跨がっているような気がする。

 

目を開けたらいけない。

それだけは絶対にしてはいけない。

 

わかってはいたが・・・。

開けてしまった。

 

目を開けると、恐ろしい光景が

飛び込んできた。

 

林は、布団で寝ている俺の右手側に座り、

お祓いをしていた。

 

林と向き合うように、俺を挟んで

アイツが正座していた。

 

膝の上に手を置き、上半身だけを伸ばして、

林の顔を覗き込んでいる。

 

林の顔とアイツの顔の間には、

拳一つ分くらいの隙間しかなかった。

 

不思議そうに顔を斜めにして、

フクロウのように小刻みに顔を動かしながら、

聞き取れないがぼそぼそと呟きながら、

林の顔を覗き込んでいた。

 

今思うと、林に何かを

囁いていたのかもしれない。

 

林は少し俯き気味に、

目線を下に落としたまま瞬きもせず、

口はだらしなく開いたまま、

よだれを垂らしていた。

 

少し顔が笑っていたように見えた。

時々小さく頷いていた。

 

俺は瞬きも忘れ、凝視していた。

 

不意にアイツの首が動きを止めた。

次の瞬間、顔を俺に向けた。

 

俺は慌てて目をギュッと閉じ、布団を被り、

ひたすら南無阿弥陀仏と唱えていた。

 

俺の顔の間近で、アイツがフクロウのように

顔を動かしている光景が瞼に浮かんできた。

 

恐ろしかった。

 

ガタガタと音が聞こえ、

階段を駈け降りる音が聞こえた。

林が逃げ出したようだ。

 

俺は怖くて怖くて、布団に潜り続けていた。

 

両親が来て、電気をつけて布団を剥いだとき、

丸まって身体が固まった俺がいたそうだ。

 

林は両親に見向きもせず車に乗り込み、

待っていた○○、○○の友達とともに、

何処かへ消えていった。 

 

後から○○に聞いた話では、

「車を出せ」以外は言わなかったらしい。

 

解決するどころか、

ますます悪いことになってしまった俺には、

三週間先のS先生を待っている余裕など

残っていなかった。

 

アイツを再び目にしてから、

さらに4日が経った。

 

当たり前かも知れないが、

首は随分良くなり、

まだ痕が残るとは言え、

明らかに体力は回復していた。

 

熱も下がり、身体はもう問題が無かった。

 

ただ、それは身体的な話でしかなくて、

朝だろうが夜だろうが関係無く、怯えていた。

 

何時どこでアイツが姿を現すかと思うと、

怖くて仕方無かった。

 

眠れない夜が続き、

食事もほとんど受け付けられず、

常に辺りの気配を気にしていた。

 

たった10日足らずで、

俺の顔は随分変わったと思う。

 

精神的に追い詰められていた俺には、

時間が無かった。

 

当然、まともな社会生活なんて

送れるわけも無く、

親から連絡を入れてもらい、

会社を辞めた。

(これも後から聞いた話でしかないのだが、

連絡を入れた時は随分嫌味を言われたらしい)

 

とにかく何もかもが怖くて、

洗濯物や家の窓から見える

柿の木が揺れただけでも、

もしかしたらアイツじゃないかと

一人怯えていた。

 

S先生が来るまでには、

まだ二週間あまりが残っていた。

 

俺には長すぎた。

 

(続く)リアル 6/11へ

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