目の前に突然落ちてきたバッグの中身
これは、奇妙な体験をした知り合いの話。
彼が裏山で草刈りをしていると、背後から突然「おーい」と呼びかけられた。
ただ、振り向いたが誰も居ない。
そんなことが何度も繰り返された。
初めは気味悪がっていた彼も腹を立て、ついには「一体何だ?俺はここに居るぞ!」と大声で怒鳴り返した。
次の瞬間、目の前に大きな黒い物体が「ズン!」と、地響きを立てて落ちてきた。
驚いて腰を抜かしかけたが、何とか踏み止まる。
落ちてきたそれは、『古びた黒いボストンバッグ』だった。
裏山から誰かが彼を目掛けて投げ落としてきたらしい。
慌てて緑成す斜面に目をやったが、誰の姿も確認できなかった。
恐る恐るバッグを確認すると、中にはまだ土がこびり付いているタケノコで一杯だ。
どのタケノコもみずみずしく、実に美味しそうに見える。
一寸のあいだ悩み、結局は全部貰って帰ることにした。
「みんな持って帰っちゃうぞ~。いいんだな~?」
一応は裏山に向かって、正体不明の誰かに確認してみた。
返事らしきものは一切返ってこない。
贈り主の気が変わらぬうちに、さっさとそこを後にした。
新鮮なタケノコは実に美味しかったそうだ。
家族が全てのタケノコを食い尽くすのに、一週間ほどかかったという。
しかしそれから数日後、異変が生じた。
母屋の和室に敷かれた畳が持ち上がり始めたのだ。
何事かと畳をはがして見ると、そこには何本ものタケノコが伸び上がっていた。
「どこから伸びてきたんだ?この近くには竹藪なんかないぞ?」
訝(いぶか)しがりながらも、片っ端から切り倒す。
しかし数日もすると、また新しいタケノコが畳を突き上げ始めた。
やがてタケノコは和室の床下以外からも生え始め、とうとう駆除が追いつかないほどの早さで繁殖しだした。
抵抗を続けていた彼もついに匙(さじ)を投げ、家をタケノコに明け渡したのだという。
家を出る時は悔しくてならなかったそうだ。
現在、母屋があった場所には竹藪が繁っており、彼は少し離れた場所に新しい住居を構えている。
「あのバッグは罠だったんだな。誰が仕掛けたのかはわからんが」
そう言う彼の腕には、切り出されたばかりの青竹が抱えられていた。
『復讐』とばかりに、今でも何本も竹を切り倒しているらしい。
ただ残念ながら、竹藪は勢いを弱める様子など見えないそうだ。
(終)